反対されることはもちろん想像してた。つまり範囲内だったからあたしは、さほど驚かなかった。

でもノンちゃんは違った。お母さんにそう言われて押し黙ってしまったのだ。

あたしはノンちゃんにも「お母さんは反対してる」って言ったんだけど実際にそう言われると何をどう切り出していいか分からなかったみたいだ。

お母さんはそんなノンちゃんに容赦なく言葉を続けた。

「うちはね、母子家庭です、それは知ってますよね?」

ノンちゃんは小さく頷いた。

それはあたしもノンちゃんに話していた。

今の会社に入った経緯をノンちゃんは聞かされていなかった。

初めてノンちゃんとセックスしたあの時、あたしは吐き出すように友達にさえ言わなかったお父さんの自殺の事をノンちゃんに言った。もう泣いていた。

お父さんは表向きには病死となっている。

自殺の事はどんなに仲の良い友達にも決して話すなと言われていた。

親戚がどこまで知っているか分からないけれど弟さえ聞かされていない話で、あたしたち家族にとって禁句だった。

「だけどもし夫が生きていてもきっと同棲は反対するはずです」

お母さんは運ばれた天ぷらたちをノンちゃんに薦める素振りをしたけれどノンちゃんは箸を持たないでじっとお母さんを見つめた。

「まだ会社に入ったばかりだし、せっかく社員にしてもらったわけだし、この子はまだまだ甘えてます、もう少しいろんな事を学んで欲しいし、できればそばでそれを見ていたい。」

あたしはお母さんの言葉を聞きながら、それでも最後は了承してくれるんだろう、そう信じ込んでいた。

「この子は同棲した方がお金もかからないし貯金も出来ると言っているの」

「僕もそう思います」

「じゃあ世の中の遠距離恋愛をしている人は皆そういう考えなのかしら?」

「それは・・・」

「新幹線のお金がかかるなら名古屋あたりでお互い逢うとか、手紙とか電話とか方法はたくさんあるはずでしょう」

生ぬるいことを。

あたしは腹のそこで苦笑いした。

今時の若者たちが手紙や電話で欲望を満たせるわけがないのだ。

「あなたは?まだアルバイトって聞いたけど」

「はい、でも正社員としてもう就職も決まっています。」

「そう、じゃあこれからあなたもいろんな事を学んでいくのよね。いろんな人との出逢いもきっとたくさんある」

「はあ・・・」

「この子よりもずっといい出逢いもあるかもしれない」

あたしはムッとしてさすがに言い返そうとした。だけどそれより前にノンちゃんが言った。

「今までいろんな出逢いをしてきて、それでもう確信したんです、彼女だ、って」

あたしは、まっすぐなその言葉に感動したね。嬉しかった。だけどその余韻に浸る前にお母さんがピシャッと言い返した。

「これからよ。」

ノンちゃんもあたしもお母さんを見つめた。

怒ってるわけでも呆れてるわけでもない。

お母さんはそんな感じだった。

「馬鹿にするわけじゃないけど、その時期だって大切なものだってわかってはいるけど、仕事をして新しい環境に身を置いていろんな事を知っていく、それは学生時代とはまるで違います。この子よりずっと魅力的で気がつく女性や、もしかしたら気の合う女性も現れるかもしれない。何も女性でなくても集中したり熱中できるものがたくさん出てくるかも。」

「でもそんなのわからないですよね」

そうなったら悲しいし、許せない。でも先のことほど不確かなものはない。起きるかどうかもわからない事を案じて動き出せないのは嫌だ、って思った。

「わからないじゃ済まないのよ」

誰も天ぷらに箸をつけない。美味しいのに。すごく美味しいのに。

「この子は人の話をまったく聞かないから。今ここで渋々OKすることはできるけど。就職した会社をこんな短期間で辞めて大阪で仕事も決まっていなくて、家族と離れて友達と離れて。あなたのために何もかも捨てて」

「お母さん、捨てるだなんて・・・」

「それであなたのところに飛び込んで、結婚するならまだ許せる。だけどダメだったら?」

ノンちゃんは何を考えているだろう。あたしと目も合わせない。

「きっとこの子は帰ってこない」

お母さんもあたしを見ない。

「意地を張って大阪で頑張る事を選ぶ。」

だからあたしは目の前の冷めた天ぷらを見るしかない。