「腹減らない?」
服を着ながらリュウが言った。
同じく服を着ていたあたしは別の事を考えていた。
セックスした後に服をいそいそと着るのってなんかマヌケだ。
するまでは邪魔で、早く脱いじゃいたい服をまた着る時、特に下着をつける時が1番変な感じ。
「終わりました!」
って感じがしてなんか変。
しかも今回は結局セックスしていないんだから余計マヌケ。
「聞いてる?」
リュウの声であたしは我に返った。
「あ、うん、聞いてる。ご飯だよね」
「そう、行こうぜ、餃子食いたい。」
あたしは食べたくなかった。
それどころかもう帰るつもりでいた。帰ったらすぐにシャワーを浴びるんだ。
リュウの感触を早く忘れなきゃ。忘れなくちゃ。
「とりあえず帰るよ」
あたしが答えるとリュウは少し間の抜けた顔をしたけど
「あ、そう」
とだけ答えた。
「じゃあ、オレは餃子気分だから。オレも出る」
あ、そう。と答えようとしてやめた。
「わかった」
代わりに答えてワンピースをバサッとかぶった。
リュウの機嫌が直ってて良かった、そう思った。
外はすっかり暗くなっている。
「今年は夏が長そうだね」
まだまだ暑いけどもうすぐ暦の上では秋なのだ。
リュウはぼけっとして答えない。
餃子の店は歩道橋を渡ったらもうすぐそこだ。
あたしは歩道橋を渡らなくても帰れる、むしろその方が楽だし近道。
でもリュウに付き合って向こう側の駅から改札に向かう事にした。
「来週はさ、忙しいから逢えねえや」
唐突にリュウが言ったのは歩道橋の上だった。
歩道橋の階段で少し疲れていたあたしはいきなり言い出したリュウの方を思わず振り返った。
リュウが先の事を言い出すのは多分初めてだ。それに少し驚いた。
だって今までのセックスはその日いきなり呼び出されてしていたんだもの。
「え、あ、そうなの」
あたしは間の抜けた答をした。
「なんかおまえ、上の空だな」
リュウが立ち止まる。歩道橋の上から見下ろす道路は車が蟻の行列みたいに群れている。
「そうかな」
あたしはそう返し、リュウと同じように止まった。
「好きなヤツでもできた」
リュウが聞いた。
どんな顔して言ってるんだろう、見るとニヤニヤしていた。
「はい?」
あたしが聞き返す。
「いや、別にいいけどさ」
リュウはまだニヤニヤしてる。
それがすごく。
すごくムカついた。
「うん」
あたしは無意識に答えていた。
「仕事関係で知りあった人。年上で優しいんだ」
「ふうん」
興味なさそう。それが余計にあたしを加熱させた。
「結婚前提に付き合ってくれって言われた」
これはきっとあたしの願望だ。年上で、優しくて、結婚を考えてくれる人。
あたしはその人と出逢いたかった。
「へえ?」
リュウはまだニヤニヤしていた。
「何がおかしいのよ」
「別に」
「言いなよ、嘘だと思ってんでしょ?」
「思ってないよ」
「思ってるね」
通り過ぎる人たちがあたしたちを振り向いたりする。
リュウはそんな事、気にも止めないように下を眺めている。
「そんなヤツがいるのにオレんち来るんだなあって思ってさ」
あたしはその時初めて言い返せず黙った。
「じゃ、もう逢うのやめる?」
あたしから言うはずだった、あるいは何も言わず連絡を一切無視するつもりでいた。
いとも簡単にリュウはあたしにそう言ってのけた。
「そうだね」
あたしはイライラした声で答えた。
「そっか」
リュウは笑いながら車がどこかに走るのを、まだ見続けている。
「なんで笑ってんの」
あたしは思わず背中を叩いた。
違う、「なんでそんなに余裕なの」って聞きたいんだ。だけど聞けない。答は分かってるから。
あたしを引き止めて、そんな男じゃなくオレにしろって、そんな事、この男は決して言わない。
言われたところでその気持ちが長続きするとも思えない。
だってあたしはリュウの闇に魅かれた。そして何より リュウを好きな自分が1番大切だった。
「笑ってないよ」
「笑ってるよ」
悔しかった。リュウがあたしを少しでも引き止めたら、あたしの勝ちなのに。
「しょうがないって思ってるだけだよ」
「何、しょうがないって」
「別に。っていうか」
リュウは退屈そうにまだ車の波を見続ける。
「引き止めて欲しいの?ヤキモチやいて欲しいとか?それともどっちとも?」
あたしが何か言おうとする前にリュウが続けた。
「オレ、どっちも出来ないよ」
車から目をそらし、あたしをじっと見た。
「期待しないでね」
決定打だった。
知らないうちに涙が出ていた。悲しかったかどうかも分からない。
「泣くのやめて。うざい」
リュウが言ってそれから歩き出した。
あたしはそれに付いて行く事も出来ず歩道橋に突っ立っていた。
「行かないの?」
リュウが振り向いて聞く。あたしはしばらくリュウを見ていた。
うん、行かない。
そう心で思う。
あたしは無視してリュウを追い越した。あたしを少しでも気にかけてくれているなら声をかけてくれればいい。
だけどリュウは何も言わない。それも本当は分かっていた。
あたしは早足で駅に吸い込まれるように消えた。
きっとリュウは餃子屋に行っただろう。もしかしたらまた急に気が変わって別の店に行ったかもしれない。
だけどそれからあたしはリュウとは逢っていないので確かめようが、ない。