最近、お仕事をさせて頂いた方から

こんなメッセージを頂きました。


よしこさんは、私の言いたいことを発展させて、さらに的確な言葉で表現してくれる。すごい稀有な才能だと思います。


そのメッセージを目にしたとき


私がしていることに、そんなふうに価値を感じて頂けたことを、嬉しく思うとともに、えっ、そんなに喜んでもらえるものなんだ~と、意外な感じがしました。


私としては、その方の心にある想いを、その方固有の表現や語彙にできるだけ忠実に、かつわかりやすく表現することを、いつも心がけているものの


そうすることが、自分以外の人にとって、どれほどの価値を持つものなのか、イマイチ自信が持てずにいたからです。


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でも、今回、メッセージを頂いたことをきっかけに、そう言えば、以前も、私の表現の特徴として、同じようなご感想を頂いたことを思い出しました。


そして、以前、自分の「丁寧さ」についても、まわりの人に何度となく評価されていたにも関わらず、私だけが「価値がない」と頑迷に思い込んでいたことも思い出し


↑参考記事

http://ameblo.jp/mieruka445/entry-11581045239.html


人の言いたいことを発展させて、さらに的確な言葉で表現する「代弁力」や「丁寧さ」といった、自分の「持てるもの」に対する自信のなさは


行動し続けることで、一つ一つ自信を積み重ねていくしかないんだな~とあらためて思ったのです。


そんなの価値なんてないよ。


そう言われるかもしれない不安やこわさは、常にあるけれど、「持てるもの」を行動に結びつけない限り、その自信のなさや不安やこわさは、どうにもならないのだと。


こわくても不安でも、私の「持てるもの」を表現することを続けていれば、価値を見出してくれる人が、一人増え、二人増えしていく可能性があるのです。


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自信のなさを感じるとき、人は、自分の中に既にある「持てるもの」をスルーして、「持たざるもの」「足らざるもの」に執着し、必死に手を伸ばして、無理な努力を重ねてしまうことがありますが


それは、自分という大地に、どんな作物が育ちやすい土壌なのか調べることもせず、耕すこともなく、石ころだらけの草ぼうぼう状態で放置したまま


「アレがないから」「コレが足りないから」と、やみくもに苗木や種を購入して、植えては枯らし「この土地は、何も育たない」と嘆くようなものなのかもしれません。


自分という大地に向き合い、石ころを拾い、草をとり、耕し始めることから、自信は、少しずつ育っていくものだと思うのです。




↑私にとって、グリッド創りも、自分と言う大地の性質を知って、耕すための手段の一つです。