妻は、周囲の人々の気持ちを慮る。

 

妻のフィルターを通して慮るので、間違っていることもある。

 

他者の気持ちを推し量ることの難易度は、かなり高い。

 

妻の場合は、自分自身の気持ちも、わからないことが多いらしい。

 

妻の気持ちも変化しやすいので、他者の気持ちも変化しやすいことは、妻も薄々感じているので、やさしさを発動するときに、間違っているかもしれない不安も同時積載している。

 

やさしさを発動した後の不安について、あのことはあれでよかったのか、といった話を聞かされる。

 

背景も前提もわからないことも多いので、正確な状況判断ができない中で、安易に解答すると、またもめる。

 

それでも他者へのやさしさ発動ストーリーはまだ良いほうだ。

 

私に向けられたやさしさが、私のニーズと一致しない時、心からの感謝の気持ちを伝えるのは難しい。

 

やさしさを向けられたことへの喜びと感謝の気持ちをうまく表現できない時は、女神の鉄槌が下される。

 

またもめる。

 

喜びと感謝の気持ちの表現は、ある程度演技できるようにはなったが、気をぬくと表情がついてこない。

 

そもそも、そのやさしい行為に有り難みを感じていない、もしくは、苦痛を感じることがあるにも関わらず、喜びと感謝を伝えなくてはいけない。

 

やさしさとニーズの乖離が酷い場合は、嫌がらせに等しい。

 

だが、この受難を受け入れるしか、夫婦生活を続ける方法はない。

 

ここで得た教訓は、やはり、すべての男性は原罪を背負っている。