2798年、地球連合首相シーマ・ティーチは、3年前に新任した貿易防衛長官の渋田幸に悩まされていた。
前長官まで円滑に行われたアンドロメダとの交流が、渋田に変わると徐々に負債を繰り返し4世紀も栄えた貿易業に陰りが見え始めた。
シーマ首相の命を受けて、同年に地球連合経済安全調査団は、アンドロメダ貿易の実状調査を開始した。3カ月ほどで冥王星艦隊に不穏な動きがあることが判明。貿易収支の負債はすべて渋田長官の画策であると断定された。報告を受けたシーマ首相は、早速渋田に帰国命令を出した。
準惑星とされていた冥王星が、アンドロメダとの貿易の中継地点となり、軍備も含め大きな発展を得ていたのは言うまでもない。宇宙海賊なるものが貿易船を襲うこともあり、地球連合第8艦隊が編成され冥王星に常駐していた。また、冥王星自体も人類が生活していく上での改装がなされ、貿易中継惑星といえども、見た目と機能に関してはすでに軍事惑星と化していた。対艦隊用の重火器も装備され、常駐艦隊と合わせた戦力は、地球連合とアンドロメダに肩を並べられるほどになっていた。しかしこれは、あくまで冥王星宙域を舞台にしての戦力比である。
冥王星司令室メインブリッジに時空間通信が届いたのは、2798年4月に入ってからであった。時空間通信の通信速度は、この当時地球と冥王星間を約1日程度であった。
当時、司令室メインブリッジには、3人の中将が業務に追われていた。時空間通信を受けたのは、この内の一人ユウカ・ビート中将で、彼女は主に惑星運用を取り仕切っていた。ユウカ・ビート中将は、通信内容を確認した上で、長官保佐がメイン業務であるツー・中村中将にその内容を告げた。
ツー・中村は、重い足取りで指令長官室への通路を進んでいた。先の通信内容の件と、宇宙海賊対策費策定の件を柴田司令に報告する為で、足取りが重く彼を悩ましていたのは、後者の件があったからであった。
宇宙海賊対策費は、貿易品を略奪する宇宙海賊の活動を防ぐためというのが公的なところである。しかしながら柴田指令は対策費で略奪を阻止するとし、海賊に手付金をばらまいた。
施行後、略奪行為による軍事破壊は一時少なくなったが、それも長続きしなかった。軍事力を持たない海賊群でも名乗りだけで手付金がばらまかれるので、第二・第三の宇宙海賊が現れる始末となった。
最初の手付金対策の時点で、地球連合から割り当てられた貿易費の大半を使ってしまっていたので、新たに現れた海賊への手付金算出に困ることになった。そこで柴田指令が施したのは、貿易収支の一部を空計上し手付金へ充てるというものだった。海賊達は手付金を受ける度に豊かな生活をするようになった。また、軍事力拡大に手付金を使う海賊もあり、いくつかは強大な海賊団になっていった。渋田指令の言うままに実行していたツーは、間違ったことをしていると自覚しながらも上司命令に抵抗することができずストレスを感じ続けていた。
ツーは、がっしりとした体つきをしていたが、見た目ほど内面は強くはなかった。軍隊訓練時代に受けた体育会系独特の上下関係が強すぎたせいか、未だにトラウマを引きずっている。渋田指令にツーが反抗したのは2度のみで、いずれも赴任そうそうの時期であった。地球連合へ忠実にあるように教育されていた彼は、正義から渋田への反抗を試みたのだが、渋田の応えはツーの訓練時代の上官のそれであった。2度の圧力を受けた時、彼は完全に消沈した。以後、ツーが渋田に意見することはなかった。常に優秀なイエスマンとなっていた。
もともと精神的なところで弱い面を持っていて、この時期のストレスのせいで情緒不安定になっていた。最近、部下に情緒不安定で休養をとった方がいいと勧められ、正式なルートで休暇依頼を提出したが、渋田指令がそれを知ると握りつぶした。
ツーは、渋田の裏事情をよく知っていた。渋田自身が海賊と称し手付金を手にしていたこと。さらに、貿易収支の内5%を空計上しこれも懐に入れていたこと。細かいことを含めれば柴田の悪事は数えきれないほどだった。
貿易収支の空計上は、手付金と着服で35%にも上っていた。地球連合貿易収支には当然計上されないので、貿易悪化と批評され始めた。渋田はその批評にはまったく耳をかさなかった。
事実、アンドロメダへの輸入量および価格も変わっておらず、単純に抜け落ちている状態であった。ただし、地球連合としては地球から離れた場所にある冥王星で情報が入りにくく、また形式上渋田長官に一任しているので詳細は書類のみでの把握にとどまっていた。