n年前の夏、、、

大学2年生、北海道から関西へ引っ越して1年半が経とうとしていた頃、北海道に凱旋している間にひょんなことからちょっと気になってたあの子と2人で花火を見に行くことになった。

俺にとっては最初で最後の好機。一世一代の大勝負。

でも、DENSYAは俺に容赦なく襲いかかる───

 

花火当日の朝。俺の身柄は北海道・むかわにあった。

俺は確かに電車を撮りにきたというていになっているのだが、日本は本音と建前の国です。花火の方が楽しみに決まってるだろ。この遠征は午前中で終わると聞いていたので、ノコノコとついてきたのである。

メンバーは恒例の家畜と丁重に扱わなくてはならない目上の方が2名。丁重さん②は丁重さん①のお友達で東武鉄とのこと。この時初対面だったがこの次は関西・万葉まほろば線で、その次は岩手・花輪線の撮影地でバッタリ会っている。日本は狭い。

丁重さん②が785系を撮りたいとのことだったので胆振方面にお手軽遠征する流れになったのである。

 

鵡川で2221Dを。休日なので2両編成だ。
なんでこんなとこで撮ったの?という意見は受け付けない。曇りだったからなんでも良かったのだろう。
 

 
返しは勇払の跨線橋で。
タイフォンなしのヨンマル、日高線ではお初だ。車両は死してもなおまだまだ旭川車のイメージが抜けない1723号(〜2025)
この年に旭川から苫小牧にやって来た同車、日高線で見たのは結局これが最初で最後だった。 
 

そしてお目当ての785系。天気は死んでるが車両がかっこいいので良いものとする。
時刻はまだ10時だがこれにて解散、札幌への帰宅後、翌日同じメンバーで函館に行く予定だったのだが家畜がまた余計なことを言い出す。
「今夜、丸瀬布で保存SLの撮影会ありますよ」
終わった。余計な事言うなよマジで。ちなみに丸瀬布へはここから車で6時間はかかる。同行者は行く気満々だ。正気の沙汰ではない。そう言ったってみんなが行くなら俺だって行きたい。でも、俺にはどうしても外せない予定があるのだ。
私は、断腸の思いで苫小牧で車を降り、翌日函館に行く際札幌の友人宅に寄ってもらう約束で一旦彼らに別れを告げた。車はそのまま丸瀬布へ、帰りに乗った普通列車の車内は、私の内心とは裏腹ににぎやかだった。クソが。こういう時に限って周囲の目が、声が、全てが気になる。でもきっと、今日は自分にとって忘れられない日になる。そう思い、胸を張って札幌の近藤くんの家に一度帰宅した。
花火中に寝てしまっては元も子もない。寝不足の体を休ませるため2時間ほど仮眠をとり、シャワーと着替えを済ませ、いざ戦いへ。向かう道中の地下鉄はいつもと違うものに感じた。
 
かなり余裕を持って待ち合わせ場所へ。5分後くらいにあの子も来た。会うのは卒業式以来だが、めっちゃ可愛くなってて驚いた。俺はこの時確信した。「「電車を蹴ってきて正解だった」」と。
DENSYAと女の両立はできない??そんなの言い訳だ。私は全てを実現するから見てろ雑魚ども。この時の俺は本気でそう思っていた。できもしないくせに、、、
でも俺には絶対的な自信があった。LINEのやり取りもいい感じだったし、何より普通何もない男と2人で花火行きますか??
 
空を焦がすような大輪の火花。
その鮮烈な光が一瞬だけ手の内を明るく照らす。
俺は緊張でどんな花火だったかなんて全く覚えていない。君の瞳越しに映る群青色の花びらは、この世の何よりも綺麗だった。この真っ黒なキャンパスに広がる鮮やかな一瞬を君と共有できたこと、何にも変え難い価値のある瞬間だった。
俺は、、、何もできなかった。。。
 
 
一方のその頃、、、
丸瀬布(画像提供 家畜)では花火とはまた違った煙が上がっていた。
周囲の山を焼き尽くすような強烈な爆煙。
機関車の前照灯の光が家畜たち撮影者を明るく照らす。
俺は行ってないからこれにどんなドラマが詰まっていたかなんてわからない。ただ、アイツらのファインダーに映る漆黒の古豪は、この世の何よりも輝いていた。この真っ黒なキャンパスにぼんやりと浮かび上がる躍動の影、激しく吹き出す白煙が、まるで生き物のように世闇に吸い込まれていく。華やかさこそないかもしれないが、過去の記憶を呼び覚ますような強い息吹が、何より愛おしい時間だったことだろう。
札幌と丸瀬布、直線距離でも160km離れた両者はそれぞれ同じ空を眺めながら、全く違う物語を描いていた。でも、お互い目指す先は同じ。函館だ。
そう、お忘れないだろうか、私はこの後この丸瀬布組と合流し函館に行くのだ。楽しいのは今だけ、明日からまた修行が始まる。ただ、今だけは忘れさせてくれよ、、、
 
 
私の夢の時間は一瞬で終わった。時計の長針はいつに間にか2周していたが、私には15分程度の感じた。楽しいとか、そんな感情ではない。これは同じ状況に置かれた人間にしかわからない。後にも先にもない好機、そんなこと分かりきっている。わかっていないがら何もできなかった自分が、情けなくて、悲しくて、悔しくて、頭が真っ白になった。筆舌し難い負の感情が一気に自分を責め上げた。
 
ひょんな流れでその子と晩ご飯に行くことになった。実のところ計画通りなのだが、店の当てなんてない。行き着いた先は、まあ居酒屋だ。成人した大学生が流れ着く場所なんてまあそんなもんだろう。
先日20歳になったばかり俺、家の外で初めて酒を煽った。初めての飲み相手がこの子でよかった。悔いはない。今となっては笑える話だが、弱い酒1杯程度で出来上がりかけてしまった。そこで更に勢いに乗れば自分の望む結末が訪れたかもしれない。俺はこの時翌日の函館をブッチする気でいた。それに追い打ちをかけるように向かいの席でレモンサワー片手に相手が呟く。「今さ〜彼氏は欲しいけど大学でいい人いなくてさ〜馴染めないっていうか?なんか高校時代とは違うな〜って」
うん、風向きは完全に俺。これで違うなら俺はもう何も信じられない。今しかない。
ヨンマルが来年で消える?そんなのどうでもいいじゃない、また関西から来ればいいじゃない。ヨンマルは来年で消えても俺の未来は永遠に続く。人生続くよどこまでも。酒の力を借りないと自分の想いも伝えられないようなへなちょこにそんな権利はないかもしれない。でも、今!!勇気を出して!!1歩を!!!踏み出そうとしたその時、、、
 
俺の脳裏に去来したのは、中学の頃から共に歩んできたキハ40との思い出だった。
そうだ、俺はDENSYAなんや。
俺には電車がある、女なんていらない。そうだろう???
まだギリギリ意思はある。これ以上酒を飲めば明日出かけられないかもしれない。明日の函館の天気は快晴。どっちを優先するべきか、私に選択する余地はなかった。
気付いたら、会計を済ませて店の外にいた。
終電までまだ時間がある。2次会でもいい。なんなら終電を逃したっていい。じゃあな函館。また今度いくよ。これが本来のシナリオ。
 
しかし実際の俺は一人地下鉄に揺られていた。
アルコールに蝕まれる意思と葛藤しながら、しばらくして己のしでかした罪の大きさに気付いてしまった。
ああ、また電車を優先してしまった。ああ、、、
取り返しのつかない失敗をした。
諦めて電車を撮ろう!!そんな転換もできないほど、追い込まれていた。自分を追い込んでいるうちに、気付いたら記憶は闇に堕ちていた。
 
次の記憶は、地下鉄の終着駅だった。
「お客さ〜ん、終点ですよ〜」
起こしてくれた運転士さんの声が回送列車に響いた。
もう来た道を戻る終電は終わっていた。
もうなんでもいいわ。私は40分歩いて、近藤くんの家に戻った。
札幌の涼しい夜風は、私を包み込むようだった。
 
家に着いて1時間ほどすると、家畜の迎えがやってきた。
脳をDENSYAに切り替え、車へ、、、だめだ。うまく行かない。俺、悔しいよ。
 

翌朝。私はいつの間にか七飯町にいた。もはやこのふらつきは酒によるものなのか、無気力感によるものなのかすら分からない。私はこの気持ちを全てぶつけるように無心でシャッターを切った。
クソ!!ヨンマル!!お前さえいなければ!!!
藤城線の高架橋をトコトコ登る1両の普通列車は、全てを失った気分の俺とは対照的にどこか軽快なエンジン音を響かせ去っていった。
住宅街を照らす朝日、この住宅の数だけ家庭があってみんなそれぞれに悩みがある。そう思えば自分の悩みなんてちっぽけな気が、、、しない。しねぇよ。
俺のDENSYAを選んだ選択は間違ってなかった。そう自分に言い聞かせたいのにそれを理解できない自分。その相反する感情が自分の中で大きなドス黒い悪魔のようになって自分に付き纏ってくる。
女々しい。そんなの言われなくてもわかってるさ。でも、今日だけは感傷に浸らせてよ。
朝焼けを見ながらそんなことを思った。
 

落部の海岸線を駆ける函館行きの普通列車。俺と同じく1両、ひとりぼっちだ。
なあヨンマル、俺の気持ちをわかってくれるのはお前だけだ。そうだろ??
次の駅でまたやり直そうって各駅に停まるたびに思うのに、結局降りられない。この内浦湾の水平線のように終わりのない旅である。
 

追っかけてもう1発。本来なら泣いて喜ぶほどのカットだが、喜びの感情すら出なかった。
私はただキハ40を写すマシーンと化した。
 

 
もはやこれらをどうやって撮ったのか、なぜここで撮ろうという話になったのか、何も覚えちゃいない。
いつも力をくれるヨンマルも、今日ばかりはペースを戻す要員になり得なかった。
それはそうと、この仁山駅もとうとう今年廃止され過去のものに。結局撮っといてよかったのは悔しいが言うまでもない。
 

 
最後にいさりびに転戦し、矢不来の函館山バックへ。撮影終了後、レンタカーの返却時間がカツかったので速攻帰宅した。
水平線のくだり、落部じゃなくてこっちで使うべきだったかな〜なんて思いつつ思い返してみれば懐かしい思い出たち。
結局その女とはその後何度も飲みに行き今でも関係が続いているもはや飲み友なので、そういう関係ではなくなったが、今でも思い出の1つとしてたまに思い出すことがある。後悔していないと言ってしまえば嘘になるかもしれない。ただ、あの時電車を選んでいなかったら自分はどうなっていたのか、なんだかんだ結局チキって想いを伝えられずに終わってたような気もする。俺はあの日DENSYAを言い訳にして逃げただけの小心者だった。みなさんもDENSYAを言い訳にせずメリハリをつけて最高のDENSYAライフを満喫していただきたい。