日々是好日の茶事稽古の続きです



一般のお茶を楽しむために、なんと半日もかけたのだ。

料理、瞬、盛り付けに至るまでこだわりぬき、酒をくみかわして座をなごまし、水を打ったにひとたび場を移し、簾を巻き上げ室内の光を変える。すべては、たった「一服の抹茶のために…・・・.!

(これほどの贅沢があったなんて…・・・・・)

だけど、毎週、自分がやっているお茶の稽古と「茶事」を、つなげて考えたことはなかった。私は、小さな入り口をもぐった奥の、あの贅沢な時間を、「まつり」のような特別の出来事と思っていた。

[お茶事」の稽古をします」と、言われてもピンとこない。

「懐石の準備は、私が友達に手伝ってもらって全部します。正式にやりますからね。みんな、お茶事の本を、ちゃんと勉強してきてよ」先生は、すごく張りきっていた。もう席順も決めていた。

「お正客』は、大事な役だから、雪野さんにお願いするわね」

「はい、わかりました」

『次客』が福沢さん。『三客』はひとみちゃん」

「はい」「はい」

「『おつめ』(未席の客)も、いろいろ用事があるから、早苗ちゃん、頼んだわよ」

「わかりました」

そして、

「今回の『ご亭主』は、森下さんね」

私がやめようとしていることなど、先生は知らない。どうしようかと、一瞬、迷ったが、最後の記念に「茶事」の亭主を経験してみようと思った。

「・・・・・・はい、やってみます」

「何度も言うけど、みんな、自分の役割を責任もって予習してきてね。特に『ご亭主』と『お正客さん』は、お茶事の全体の流れが、ちゃんと頭に入ってないとできないから、しっかり勉強してきてよ」

先生が何度も念を押したわけを、茶道の本の「茶事」のページを読んで、納得した。

(えらいことになった…・・・・)

サラッと読んだだけでは、何が何だかわからない。何度も繰り返し読んだが、歯が立たない。これは、よほど真剣に取り組まなければと、赤鉛筆を片手に本とにらみ合った。なかなか全貌が見えない。「台本」を作ってみた。台本はレポート用紙に、みっしり六ページにわたる長いものになった。「茶事」がいかに壮大なものか、改めて知った。

「豚手元をみつくろいまして粗飯をさしあげます」とか、「なにとぞ、お流れを」とか、時代劇のようなセリフも多い。文章だけでは実感がわかないので、台所の皿小鉢を持ち出して、実際にやってみた。

皮肉なことに、私はやめる決心をしてから初めて、本気でお茶の勉強をしていた。何度もリハーサルを繰り返した。やがて、霧の向うにぼんやりと茶事の構成が見えてきた。

お茶事の当日、先生の家の台所は旅館の財刷のように所狭しとお椀や鉢が積まれ、お手伝いをしてくれる方が働いていた。料理はすでに前日から始まっていた。この日、先生が床の間に掛けてくれたのは、

「松無古今色」(松は古今に色無し)

私たち生徒の「初めての茶事」だからと、門出にめでたい「松」のかけじくを選んでくれたのだった。

私は母から借りた、ピンク色の無地の紋付きを着ていた。客が集まる時刻が近づくと、玄関のたたきや路地に水をまいた。正午少し前、お客全員の顔がそろい、席に入った。

あいさつ

「さ、初座の挨拶に行きなさい」

「はい」

私は側を開け、全員でいっせいにお辞儀した。

こうして、茶事が始まった。