今日の箇所(ホセア 4:1-10)には、神様を知る正しい知識がなければ、罪にまみれ、神様の裁きを受けることになるという警告が記されています。

 

神様の地には、必ずあるべきものがあります。 ところが、イスラエルの地には、そのあるべきものがなく、あるべきでないもので満ちていました。 それで、神様は、まるでイスラエルの民を天の法廷に立たせるかのように、彼らの罪を一つひとつ訴えられます。

 

イスラエルの地には、あるべき真実と誠実さ、そして神様を知るということがありませんでした。 神様のみことばに従わなかったので、隣人への愛と憐れみもありませんでした。

 

その反面、あるべきでない呪い、欺き、人殺し、盗み、姦通、流血がはびこっていました。 それにより、その地は喪に服して悲しみ、自然界の秩序は揺らぐことになります。 罪はすべての被造物に否定的な影響を及ぼし、結局は人間にブーメランとなって返って来ます。

 

この問題は、本来、神の律法を教え、律法に従って正しく裁く職務が与えられた祭司たちの堕落から始まっています。 彼らはこういった本来の職務を捨て、律法をないがしろにして、民を間違った道へと導きました。 宗教的特権が増えるほど、彼らはますます罪を犯しました。 民の信仰やきよい生き方には関心がなく、罪のきよめの捧げ物に目がくらんで、民が罪を犯すのを傍観していたのです。

 

それにより、民は、神様を知る知識から遠ざかって偶像に従い、民の生活は次第に衰退して行きます。 誰であれ、神様と神様の教えを捨てるなら、結局は堕落して裁きを避けられない状態に至ります。

 

神様は、私たちの行いの通りに報いられるお方です。 神様の教えにいつも親しんで、黙想し、それに従うことが、幸せな人生の道なのです。

 

神様を知る知識の欠けた成功や、みことばのない繁栄は、むしろ災いであることを心に刻みたいと思います。 神様から与えられた平安と特権を味わいながら、心は罪に向かう愚か者になることがないよう、主が時に応じて警告を示してくださいますように。 私のすべての行いと心を知っておられる神様の御前に、正しく誠実に歩めますように。 御霊の照らしと導きがありますように。