今日の箇所(詩篇 89118)には、神様の創造のみわざと統治、そして祝福は、神様の恵みと真実(まこと)に基づいているということが示されています。

 

この詩は、どのような背景で書かれたのか、はっきりとは分かりませんが、ダビデ王朝の没落の際、あるいはその後に国家的な危機に直面した際に、かつてダビデに与えられた契約を思い出してくださるよう、神様に願い求めている内容です。

 

その冒頭部分に当たる今日の箇所は、神様は義と公正によってこの世を造り、恵みと真実(まこと)をもって世を統べ治めておられるという宣言から始まります。 神様がお造りになった世だからこそ、神様はそれを完全に統べ治める権威と力を持っておられるわけです。 その統治者が、イスラエルを選び、イスラエルをご自分の民とし、ご自身がイスラエルの神になられたのです。 この選びこそ、神の民に与えられた大いなる恵みです。

 

統治者なる神様に不可能はありません。 主なる神様は、イスラエルの苦痛をお聞きになり、高慢なラハブ(エジプト)を打たれました。 世のどれほど力ある者も、神様の統治に逆らうことはできません。 神様の権威には従わざるを得ないのです。 詩人は、そんな自分たちの神様は、誰とも、どんな神々とも比べられない偉大な方であることをほめたたえます。

 

そして、主は、恵みによってあらためてダビデを選んで契約を結び、真実(まこと)によってその契約がすべての世代に及ぶようにされました。 この約束を成就されたのが、ダビデの子孫として世に来られ、贖いのみわざを通して全人類の王となられたイエス・キリストです。 イエスさまは、贖いのみわざを成し遂げられ、その恵みを信仰によって受け入れる者には、誰にでも神の民となる特権をお与えになるという新たな契約を打ち立てられました。

 

創造主なる神様を自分の主として喜び、神様に向かって大声で讃美できる民は幸いです。 イエス・キリストを信じ受け入れ、神の民とされた者は皆、その特権にあずかるのです。 彼らは、主の輝く御顔から出る平安と安らぎ、力と勝利を得て、永遠に主と共に歩むことができます。

 

神様の創造のみわざ、神様の統治、そして、神の民とされる祝福、すべてが神様の恵みによって計画され、神様の真実(まこと)によって永遠に保たれています。 私たちが知覚できるありとあらゆることは、すべて神様の恵みと真実に基づいているのです。

 

自分が今あること、自分が生かされていること、そして、神の民の一員として数えられていること、すべてが神様の恵みと真実(まこと)のゆえであることを憶えたいと思います。 たとえ目の前にどれほどの苦難が待ち受けようとも、神様が御子を犠牲にしてまで打ち立ててくださった契約を信頼し、自分の思いや力ではなく、主にある平安と安らぎ、力を得て、勝利を確信して前進して行きたいと思います。 御霊の照らしと導きがありますように。