今日の箇所(詩篇87:1-7)には、神様の臨在のある場所シオンは、すべての民にとって恵みと祝福の泉であり、人生の中心とすべき場所であるということが示されています。
この詩の作者であるコラの子らは、シオンの素晴らしさを歌い上げ、主はシオンのもろもろの門を愛されると告白します。 シオンとは、エルサレムの別名であり、そこには神様が住まわれる宮があります。 つまり、神様が居られる場がそこにあるからこそ、神様はそこを格別に愛され、神の民はそこを慕うのです。
シオンは神の民の中心であり、世の基です。 神様の臨在と統治は、シオンから出て、すべての国々の民へと流れて行きます。 すべての民が、シオンで宣言される神の言葉を聞き、神の民となって救いの喜びを歌うのです。
これは、地上のエルサレムというよりも、むしろ天のエルサレムを予兆的に示しています。 つまり、神の御国が到来した時の姿を表しているわけです。
教会は、地上のエルサレムと天のエルサレムの中間に位置する、今の時代のエルサレムです。 それは、そこが神様の宮だからです。
それゆえ、今の時代に住む神の民は、恵みと祝福の泉である教会を、自分の人生の中心とすべきです。 すなわち、私たちは、教会を生活の中心に置き、そこで神様の臨在を経験する必要があるということです。
今の時代、神様は、教会を通して、すべての国々の民へと統治を拡げておられます。 それゆえ、教会で神様の臨在を経験した神の民は、出て行って、隣人にその恵みを流す存在でなければなりません。 つまり、イエス・キリストの福音を伝え、神様の恵みを示し、神様の御許へと導くことを通して、その人たちも天のエルサレムの住人となれるよう、手を差し伸べて行くということです。
自分の生活が教会と礼拝を中心にしたものとなっているかどうか、今一度、自分の生き方を点検したいと思います。 教会で捧げる礼拝を大切にし、礼拝を中心にした人生を計画したいと思います。 神様の臨在と恵みに満たされ、隣人にその祝福を伝えるという生きた礼拝こそ、神様に喜ばれる人生を送る秘訣であり、真の実りあるいのちを生きることであることを肝に銘じつつ…。 御霊の照らしと導きがありますように。