忘れもしない、なっちゃんと最後に一緒に食事したのは「ル・クープシュー」

私が3年目の一時帰国の春に連れて行ってもらったお店です。

その時はゆうちゃんはさとぴーがみてくれるから、二人で。とういことで、久しぶりのそして今となっては最後のランチでした。

その帰り、ランチ後の主婦の定番?家族へのお土産ケーキをルミネで一緒に買って、また来年ね~ってお別れしたな。

コレが病気がわかる半年ほど前のこと。

その次の春には本帰国となって、同じように、また会って一緒にランチできると思っていました。

後からわかったことですが、他の友達に「もうすぐ、えりちゃん日本に戻ってくるんだー」ってうれしそうに言ってたよ。って言われて。

「えりちゃんが落ち着いたら頃に連絡するつもり」って・・・

自分が大変なのに私に気づかっていたなんて。

今更ながら「ありがとう」なのです。



なっちゃんは「万年肩こり」だったんだよね。

「病院に行って診てもらったら、首の骨が真っ直ぐすぎるからです。しょうがないです。みたいに言われた~」なんて言ってたっけ。

確か、25歳くらいの時の話。

そんな感じで何か変だと思うと、病院にすぐ行くタイプだった。

アノ頃は若かったからか?そんな話でゲラゲラ笑ってたな。




(さとパパから一言)
そうそう、ストレートネックって言ってました。よく肩もマッサージしましたよ(^^) 揉みすぎると、揉み返しがくるとか言われて、加減が難しかったな~(笑)
10月、病気のメールをもらって1週間後くらいに、やっと会うことができました。(押しかけた感じですが)

覚悟を決めて行ったわりには?元気な頃とそんなに変わらない印象のなっちゃん。

私もどの位の病状かなんてよくわからずに、普通に久しぶりの会話に花が咲いて、長居して。

やっぱりお互いの子供の話にもなってね、「とにかく健康で元気でいてくれれば、いい。それだけだよね」って話してました。

そして私が枕元に飾ってあった「ゆうき君のママの似顔絵、上手だね」って褒めると「ゆうちゃん、絵好きだから」って嬉しそうに照れてたよ。

「何でも好きなことがある子は、真っ直ぐ育つよ」と私は彼女に言いました。



(さとパパから一言)
涙がでます。
私もなっちゃんの戒名、気に入ってます。

というか、良く言い当ててるなぁと感心してしまいました。

バチ当たりですが、お葬式のお経にも故人の経歴やひととなりを言ったりして、「趣味は食べ歩きに好事、悠々自適に過ごしました・・・」なんて言われて、その通り!って笑ってしまいました。

きっと「もう~」って笑って怒っている顔をみんなが想像したことでしょう。

亡くなっても、みんなに笑顔をくれるなっちゃんってホントすごい人。


(さとパパから一言)
そうそう(笑)
お経のなかで「た~べ~あ~る~き~に~」ってね(笑)
夏枝も笑ってますよ(^^)


そういえば、初めての出産なのに田舎に帰らずに練馬で過ごして、出産されたんですよね~。

二人の待望の子供、一緒にお腹の中から育てたかったんですね。

立会い出産も色々条件が整わないとできないもの。

3人の願いが届いて、ゆうき君はママとパパ一緒に迎えられて誕生したんだね。

あーそういえば、なっちゃんの妊婦姿も一度も見たことなかった・・・あんな細いけど、ちゃんとお腹大きくなったんだよね。


(さとパパから一言)
ちゃんとお腹大きかったですよ(笑)でもね、お腹以外は全く変わらなかったですね~(^^)
あの時の幸せは、生涯忘れません。