入院中にメールのやりとりを沢山しました。

今、思うと、あんなにつらい身体でくれたことに申し訳ないのですが。

どのメールにも必ず、ゆうきのためにも、もっと長生きしなきゃ!と締めくくってました。

子供の力は何にも勝るパワーです。

私も一人の子の親として実感し、さらに親にさせてくれた子供に感謝することをなっちゃんに教えてもらいました。


(さとパパから一言)
日頃当たり前に思ってることが、いかに素晴らしいかということ。それを皆に教えてくれました。それこそが、夏枝がこの世に生きてきた価値なんです。
やっぱり、何と言っても心残りなのは、妊娠中から病気が発覚するまでの、なっちゃんの子育てぶりを1年に1度の帰国のときしか見られなかったことです。

育児中の感動や愚痴や心配とか、日本にいたらもう少し聞けたんじゃないかな~と。

何も知らないで4年ぶりに本帰国し、なぜか連絡つかず・・・半年後の10月1日に彼女からメール。

病気を告白する衝撃的な内容にどうしていいかわからなかったです。

でもなっちゃんも病気のこと伝えるか相当迷っての半年後のメールだったんだよね。

本当に「このメールくれてありがとう」と心から感謝しました。



(さとパパから一言)
うん。治ったら皆に連絡するつもりでした。その時点でのメールは、治らないのを悟ったからだと思います。
やっぱり1年過ぎても、かわいそうでなりません。

夫婦が仲が良いのは分かっていたから、私も赤ちゃんが出来ないのを本人には聞いたことないけど、勝手に心配してました(笑)

そうしたら、私が海外赴任する前にランチしようと、電話でまず「赤ちゃんできたの!」と報告を受けました。

ランチは銀座「クルーズクルーズ」(これも食べ放題)とにかく嬉しそうに、そして一段と優しそうな顔つきになっていたのを思い出します。

私はちょっと心配していただけに、なっちゃんの妊娠は素敵な旅立ちのはなむけでした。

あーでも出産の頃は日本にいないから赤ちゃんにはすぐ会えないないな~と残念に思ったものでした。

確かその時、母子手帳ケースをプレゼントしたと思います。まだ持ってますか?


(さとパパから一言)
ああ、クルーズクルーズの話、聞いた記憶があります。たしか、ちづくんも一緒でしたよね?
母子手帳ケース!多分今愛用してるやつです!ありがとうございます(^^)
(※野菜をあんまり食べなかったエピソードについて)


確かに、野菜はそんなには食べてなかったかも?

でも好き嫌いもそんなにないイメージだった。

それよりも、彼女は若い時から意外と、何かあったら病院にすぐ行ったり、検診とかもちゃんと受けてる方だった。

逆に、私達友達の中では「健康に気を使うタイプだったよね~」と話してます。

そうは言っても40前後って思わぬところでガタが生じるのかな?人によって大小あるけど、なっちゃんのは突然で大きすぎます。

もっと小分けで、「足が痛い、コシが弱ってきた」とか・・・一緒に歳をとりたかった。


(さとパパから一言)
本当にそうですね(>_<)
練馬にも何度か遊びに行かせてもらいました。

落ち着いた住宅街で駅前から国道沿いにはスーパーやホームセンターがあって・・・サンマルクカフェのパンの食べ放題も行ったな~。

なっちゃんが練馬に引越してから半年後くらいに、私が海外赴任することになって、1年に1度帰国したときは必ずお家にお邪魔してました。

ウチのお兄ちゃんとゆうき君2歳くらいの時、家の前の公園で遊んだの覚えてるかな?