東海村JCO臨界事故 | よしくんのブログ ~愛する日本を守りたい~

よしくんのブログ ~愛する日本を守りたい~

売国・安倍政権を糾弾!
アメリカは、資本家・グローバリストという王侯貴族の国家。
アメリカ、韓国、竹中平蔵、統一教会のために売国する、
安倍政権を批判します。
当初は、経済評論家・三橋貴明さんに期待しましたが、安倍政権の一味と解り、批判に転じました。

○記事を書いていて素晴らしいサイトに行き着きました。

ご紹介します。

 

「そんなアホな」という事件です。

放射能の怖さの解る事件でした。

本放送で見たのですが、記憶は完全に摩耗していました。

改めて見ることが出来て幸運でした。ネット時代に感謝です。

 

またこの事件を知らない若い人たちに情報の拡散ができるのは、素晴らしいことです。

チェルノブイリ原発事故のような悲惨な被爆事件が、日本にもあったのです。

 

・文字起こしがなされています。アホな事件の概要が解ってもらえる写真だけアップしました。

それ以上は、先方のサイトの侵害になるのでやりません。


 

○放射能で作業員の全身の遺伝子がバラバラに……ドキュメンタリー「被曝治療83日間の記録〜東海村臨界事故〜」【動画&文字おこし1】

 

http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65743348.html

 

NHKのドキュメンタリー「被曝治療83日間の記録~東海村臨界事故~」を数回に分けて文字に起こした。東海村JCO臨界事故は、ずさんな管理体制が原因で、作業員が臨界による中性子を至近距離で直接受けた事件だ。

第一回目は、作業員の全身の遺伝子が破壊され、皮膚の再生ができなくなった様子、苦しんでいる様子、治療に当たっている看護師や医者の記憶を、生々しく描いている。

 

○抜粋。

事故当日、大内さんは会社のマニュアルに従って放射性物質を扱う作業を進めていました。

 





















 

バケツを使って、ウランを濃縮する作業でした。

臨界が起きる可能性については、全く知らされていませんでした。

 
















 

同僚がバケツでウラン溶液を注ぎ、大内さんはロートを右手で支えていました。

 

7杯目のウラン溶液を注がれたとき、突然青い光が走りました。核分裂が連続する臨界が起きたのです。

 

放射線が大内さんの細胞の染色体を直撃しました。

 

染色体は、全ての遺伝情報が収められた人体の設計図です。それぞれ番号が決まっていて、順番に並べることができます。

 





















 

しかし、放射線に直撃された大内さんの染色体は、並べることもできませんでした。断ち切られ、別の染色体とくっついているものもありました。染色体が破壊されたことは、今後新しい細胞が作られないことを意味します。

 

被爆した瞬間、大内さんのからだは、設計図を失ってしまったのです。

 

【無菌治療部 医師 平井久丸さん】

「染色体がそういうダメージを被っていますから、そこから推測されることは、おそらく肝臓の細胞、あるいはそういう腸の粘膜の細胞、そういったものがですね、すべてダメージを受けていて、おそらくその細胞は再生をできないんではないか。 」

 

○前川医師達医療チームは、治療方針を検討しました。唯一の治療方法は、白血球を作る細胞を移植することでした。

移植を行うためには、大内さんと白血球の型が合う人が必要でした。一致したのは、大内さんの妹でした。


 

○「最初は、あの普通にテープとか使っていたんですけれども、テープを貼ったところが全部そのままテープを剥がすときに皮膚がくっついて取れてしまうっていうのがどんどん酷くなって、最終的にはテープは1ヶ所も使えなくなりました。 」

(略)

古い皮膚は剥がれ落ちていきました。

皮膚に走る激痛、感染との闘い。肺には水が溜まり、呼吸が困難になり始めていました。



 

○「大内さん、たぶんその頃はすごいからだのだるさとかが出てきていて、お話しするのもたぶん、あの、それこそお話しするのも力が要るっていうそういう感じだったと思うんですね。それでもなんかこう、ちょっと優しい口調で、少し笑いながら、あの奥さんに愛してるよっておっしゃってて、でもそういうのがあの伝わってくると、あの、私達は辛いですよね

 

~~~~~

妹の白血球細胞が定着も、再び染色体損傷。全身の皮膚がなくなり血液が染み出す……ドキュメンタリー「被曝治療83日間の記録~東海村臨界事故~」【動画&文字おこし2】

 

http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65743782.html

 

○大内さんの家族が折った鶴です。一つでもいいからベッドの傍に置いてあげたいと家族は希望しました。しかし、感染を防ぐために無菌室に入れることはできま せんでした。家族は鶴を折り続けました。


 

細胞の中に光る赤い二つの点。女性の染色体であることを示しています。大内さんの血液の中で、妹の細胞が息づいていました。

 

白血球を作る細胞の移植が成功したのは、被爆治療では初めてでした。

 

白血球は順調に増え、健康な時と同じ値まで回復しました。大内さんは、言葉は語れなくても、家族の呼びかけにからだ全体で応えていました。

 

○大内さんの体内に根付いたばかり の妹の細胞の染色体です。

その一部に異常が発見されました。染色体に傷が付いていました。

これも放射線が原因ではないかと医療チームは考えました。

大内さんのからだを貫いた放射線によって、

体内の物質が変化し、自ら放射線を発するようになっていました。その放射線が妹の染色体を傷つけたのではないか

とみられました。

 

○大内さんの腸の内視鏡映像です。死んだ粘膜が白く変色して、垂下がっています。

 

家族の同意を得て、臨床試験中の 薬も投与しました。しかし、下痢の量は日に日に増え、1日3リットルを越えました。下痢が始まって3週間後、腸の中で出血が始まりました。

 

○ブログ主さま申し訳ありません。

この画像だけアップさせてください。

 

当時の治療の様子です。皮膚が失われたところから、血液やからだの水分が染み出していました。

からだのほとんどをガーゼで覆わなければな らなくなっていました。













 

「もう毎日毎日染み出しがすごくって、もうホントに半日かかるぐらいなんですね、午前中一杯とかもうたくさんの先生に囲まれてあの皮膚の処置をするんですけ ど、それがすごくやっぱり痛いみたいで、もうその時は完全に薬をたくさん使って眠らせるようにはするんですけど、見てるだけですごく痛々しかったですね。」

 

「 目もすごく乾燥するし出血しやすくなるし、っていう感じで、こう目から出血していてなんかこう血の涙が流れているような感じ、そういう感じです。」

 

皮膚や腸から1日10リットル前後の水分が 失われていました。同じ量の水分を常に補給しなければなりませんでした。

 

~~~~~~~~~

全身皮膚移植失敗。心臓停止、再開の繰り返し……ドキュメンタリー「被曝治療83日間の記録〜東海村臨界事故〜」【動画&文字おこし3】

 

http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65744254.html

 

○やけどの最新の治療法である培養皮膚の移植が毎日のように行われました。

(略)

しかし残念ながらあの、この頂いた、せっかく頂いた植えた皮膚はですね、まあ全身状態も関係したのかもしれませんけれども、付くということはありませんでした。 」

 

○「助かる見込みが非常に低いということが、客観的に誰の目にも明らかだ、ただし、誰もあまりそれは公に口には出しませんでしたけど、もうやはりみんな誰しもがそう感じてたと思います。」

 

○「酷くなってからは……たぶん……、っていうか本当に……、本当にここにいる人は……、」

「何なんだろう、誰なんだろうじゃなくて、何なんだろうっていうぐらい酷い状態なんですね。」

「本当に……」

「からだがある、」

「それもきれいなからだじゃなくって、ボロボロになったからだがある、」

「それで機械が周りに付いているっていうような状態で、」

「それで私達はそういう……からだを相手に次から次にそのからだを維持するために、」

「もう乾きそうな角膜を維持するためにとか、剥げてきそうな皮膚を覆うためにとか、そういう処置がどんどん続いていくので、」

「自分は何のためにやっているんだろうっていうのばっかりだったんですね。だから、」

「自分は別に角膜を守りたいわけでないし、」

「大内さんを守るためにやってるんだと思わないと、耐えられないケアばっかりでした。」

 

○治療が始まって2ヶ月が経とうとしていました。

 

大量の出血と繰り返される輸血、

大内さんの心臓はからだ全体に血液を送り出すために、激しく打ち続けていました。

 

心拍数は1分間に120以上。マラソンをしているときと同じぐらいの負担がかかっていました。

 

○心臓が突然停止したのです。

「それでマスター陣もそこまでいきますとすぐに心臓、心肺蘇生っていうんですけど心臓マッサージを始めるんですが。」

再開と停止を3度繰り返しました。


 

1時間程して、大内さんの心臓は自らの力で再び鼓動を始めました。」

「やっぱり戻ったときは、ホッとしました。」

「でもホント……、うん……、でもホント……にその時は何にもやっぱり考えなくって、一生懸命戻って欲しいって思うことばっかりだったんで、」

「戻った瞬間はやっぱりああ大内さんが戻ってくれたって思ってホッとしました。」


 

○しかし、心臓が一時止まったことによって、脳、腎臓など、全身の臓器が深刻な影響を受けました。大内さんの病状は急速に悪化していきました。

 

大内さんは家族の呼びかけにも応えなくなりました。機械と薬に支えられて生きていました。

 

~~~~~

○ここまでにします。

「ざまあみやがれい!」管理人さんのサイトをお読みください。

 

写真も豊富です。



当初は著作権の関係で「音がない」状態での動画のアップだったようですが、

「音がついた動画」がアップされています。

 

この動画を見る前にまずは、まずは、まずは、

「ざまあみやがれい!」管理人さんのサイトをお読みください。

「音がない」状態での動画のアップだったようで苦労して文字起こしをしておられます。

よろしくお願いします。

 

↓↓↓↓

↓↓↓↓

動画です。

付記。動画はいつまでもあるとは限りません。

著作権でまた消されることも十分にありえます。

↓↓↓↓

↓↓↓↓

他に

 

で事態の収拾に向けた戦い。

 

閲覧注意

【閲覧注意】チェルノブイリ原発事故で生まれた奇形の子供達・・・