2023年4月5日晴れ

 

東海道を歩いたメンバーと成田山参詣をして、名物の鰻を食べようと計画しました。

 

Yさんの具合もよくなって、5か月ぶりの再会。

首の傾きや、背中の丸みも治ったところを披露しているYさん。

「背が高くなったんじゃない?」

「そうなの、伸びたのよ」拍手

京成成田駅から歩き始めます。

こんな煙管が!お店の看板。

参道のイメージに合わせた、千葉興業銀行の外観。

道幅が広がって、新しい建物が並ぶ表参道。

金物店のファサードも工夫が凝らされています。

昔ながらの乾物屋さん。

 

明治5(1872)年創業の酒蔵「長命泉」

酒蔵の井戸水が「美味しい良い水」「百薬の長」と評判になり、「長命延命霊力の酒」という意味を込めて「長命」と名付けたのが始まりだそう。

薬師堂

1655年建立の旧本堂。水戸光圀や初代市川團十郎が参詣した成田山現存最古の御堂。

右の下り坂が参道です。↑

参拝客が多く、賑わっています。

団子屋さんの前で、外国の子供たちが「お団子どうやって食べようか??」苦心していました。

あっちにもこっちにも「鰻屋」

うなぎのぼりの街、と言われて成田詣に訪れた江戸庶民の旅の疲れを癒したのは鰻でした。

 

そして、わたしたちも「鰻」につられて成田にきましたラブ

 

「川豊」で整理券を取って、8人待ち。

待ち時間10分の間「成田観光館」に入って、山車の展示を見ました。

成田祇園祭で曳き回される巨大な山車。

 

ラインに順番呼び出しが届いたので、「川豊」店内へ。

 

レジで代金を払い、食券を買って、列に並ぶ。

レジの女性は相当高齢にもかかわらず、テキパキと手際よく客を捌いて、

まごまごしていると、怒られそうでしたピリピリ

一階の座卓に案内されて、堀こたつ式のテーブルへ。満席状態。

鰻を焼く匂いが店内に立ち込めて、いやがうえにも食欲がそそられて・・・

上うな重と肝吸いで、3750円(税込み)

 

関東風に蒸してから焼き上げた鰻は、ふっくらして柔らかい。

 

美味しい鰻に大満足の4人ラブ 

 

昔、よく鰻を食べに連れて行ってくれた祖父のことを思い出させるような「店のつくり」と「懐かしい味」でした。

 

川富を出ると、昔のままのこんな建物が!

和漢・生薬・伝統漢方の漢方専門薬局。ここにも懐かしい丸薬。

虚弱児だったので「蜂の子」もよく食べさせられました。甘くて香ばしくて美味しかったニコニコ

 

総門

威容を誇る大きな総門びっくりマーク

 

仁王門 (国指定重要文化財)

左右に金剛力士像が奉安され、境内守護の役目を果たす19mの門。

 

大提灯

門の中央には、ひと際目をひく大きな赤い提灯。

「魚がし」と書かれた大提灯は、東京・築地の魚河岸の旦那衆が、1968年に奉納したもの。

紙張りのように見えるが骨部分は砲金(青銅の一種)製で、重量が800キログラム!!

魚河岸が仁王門に大提灯を奉納するのは古くからの伝統で、1859年に二代目広重が描いた

「下総成田山境内図」にも、「魚河岸」と書かれた大提灯が描かれています。

 

仁王池

仁王池にある亀の形の岩。以前はこの上でたくさんの亀が甲羅干しをしていたそうですカメ

 

この池は「放生池」として、捕らえた生き物を放す池、生物の命をいとおしむ不殺生を教えているとのことです。

 

大本堂

1968年建立。

弘法大師によって開眼された不動明王を本尊として「御護摩祈祷」が行われる道場。

歌舞伎役者團十郎の豆まきで盛り上がる節分会。

(成田市観光協会サイトより)

成田山の節分会では、「鬼は外」とは言わずに「福は内!福は内!」と唱えます。

これは不動明王の慈悲が大きいので、邪悪な鬼も屈服し改心してしまうからといいます。

 

大きなお賽銭箱や護摩祈願の料金、お札の値段などに驚くメンバー。

祈願の沙汰も金次第のありさまに「弘法大師の教えはどこにいったんだ!ムキー

 

三重塔 (国指定重要文化財)

1712年建立。

江戸中期の特色を伝える高さ25mの塔。2007年に漆塗彩色の修復が施されました。

昔、成田空港の帰りに立ち寄ったことがありました。三重塔も古色蒼然としています。

 

釈迦堂(国指定重要文化財)

1858年に建立。江戸時代後期の特色が見られる前本堂。

 

 

花まつりの設えが、あたりを賑わしていました。

 

Yさん、歩き続けて首~肩に痛みがでてきたので、少し休憩しました。

 

下半身の筋力があるYさんなので、あまり遠くに行かずに無理せず歩けるところを探して、

散策+美味しいものを食べる機会を定期的に持ちましょうと言うことになりました音譜

 

額堂(国指定重要文化財)

1861年建立。ご信徒から奉納された額や絵馬などをかける建物。

1821年、七代團十郎が参詣者を自らもてなした「第一額堂」は焼失。

 

成田屋七代目市川團十郎の石像

天保の改革で江戸追放となった七代目は成田山延命院に身を寄せ、追放令が解かれたときに、自らの石像を奉納したといいます。

そもそも、成田山と市川團十郎との縁は??

 

初代團十郎は、成田市出身の堀越重蔵の子として江戸で誕生。

 

歌舞伎の舞台に暫や鳴神に代表される荒事を取り入れ、人気を博しましたが、跡継ぎに恵まれず、成田山新勝寺に祈願します。

 

すると見事、待望の長男を授かったことから、成田不動尊にまつわる演目を上演して、芝居は大当たり!!

 

これを機に「成田屋」の屋号を使うようになりました。

 

團十郎の活躍で成田不動は民衆に知れ渡って「成田山参詣」が広まったといいます。

 

成田山と團十郎の縁は深いですね。

因みに話題の多い市川海老蔵さんは、十三代目市川 團十郎白猿だんじゅうろうはくえん を襲名しました。

 

光明堂(国指定重要文化財)

1701年に建立。釈迦堂の前の本堂であり、江戸時代中期の貴重な建物です。

 

奥之院

洞窟の中に大日如来(不動明王の本地仏)が安置されています。「どう、見える?

扉の両サイドには板石塔婆があり、南北朝時代のものです。

一生懸命に覗き込んで撮った「大日如来」

 

その後、境内の公園を一回り。

雄飛の滝

平和大塔

文殊の池

現役時代のY氏は、仕事納めの際に、ここでよく鰻を食べたそうです。

昔を思い出し、感慨に耽っているY氏でしたキューン

 

新緑の芽吹きが美しい庭園を一周して、大本堂に戻ってきました。

 

新勝寺をあとにして、京成成田駅に向かいます。

左手の漬物屋さんに入って、Y氏おすすめの「鉄砲漬け」をお土産に購入しました。

参道の登り坂ももうすぐ終わり。

Yさん、しっかり歩き通して一万歩越えお祝い拍手

 

駅前のDOUTORで一休みして、電車に乗って帰路に着きました。