自分を忘れる・・・❓ 繁忙に追い込まれたときには、考えるのをやめてみると、あれこれうるさい考えを飛び越えることができます。自分は、朝から晩まで、いいか悪いか、プラスかマイナスか、好きか嫌いか、損か得か、気に入るか気に入らないか、親と子、男と女というように、すべての物事二つに分けて、頭の中でグルグル考え続けているのに気が付きます。モノを考えるということは、素晴らしいことです。事柄を二つに分別し、言葉を使って考えられることは、人間の偉大なる特権なのかもしれません。しかし、人間の不幸は、その特権に深入りしているうちに言葉もななく考えもなく活動している大自然の営みをまったく見えなくなって、その自然 を破壊 している愚かな行動すら見えなくなっています。人間が自分の
我意識を忘れると、自分の中に生きてている大自然の生命を発見できると思います。人の考えなんて知れたものだと・・・❓
【宇宙から見れば人間は点未満】
常識を疑う・・・❓ 物事をいい悪いで考えては、常識は通じません。討論は、悪いことではありませんが、いい悪いを主張して、法や規定に抵触 してないと主張しますが、真実 には理屈は要らないのです。国会答弁を聴いていても、常識はずれが罷り通るのは、長期政権の驕りで、一般常識は解せていても我意識 を通しています。
【政界の常識、世間では非常識】
無益ないい争いは愚か・・・❓ 口論中でも相手を傷つける言葉は愚かなものです。
【不戯論】とは、自分にとっても相手にとっても、利益のない無益な戯論はしてはならないことで、相手を傷つける..言葉は慎みましょう。
[国会議員は真理を忘れないこと】
❝ 無益な いい争いほど、愚かなものはないのです。戯論は慎みましょう・・・❣ ❞