今年も残り少なくなって来ました。

13年前の今頃はとても寂しかったのを思い出しています。

長男が遠い北海道の大学に進学し、
あとでわかった事ですが、すぐに発病し、三ヶ月ほどしか大学には通えていなかったのです。

夏休みも帰らず、
「クリスマスやお正月くらいは帰っておいでよ」と言いましたが、
やはり
「汚い自宅」の玄関を開ける事は二度とないと、その頃自分で思っていたようです。
「汚い」のは、病気の症状もありますが、
大嫌いな継父が居るというのもあります。

クリスマスもお正月も、雪の灰色の空の下で一人で過ごしているのかと思うと、いたたまれませんでした。
かと言って、私が行くことも頑なに拒みました。
「汚い物がついてくる」と言って。

亡き私の母が、そんな遠い長男に年賀状を出してくれました。

当時の事を思うと、今こうして一緒に住み、クリスマスも賑やかに過ごし、調子の良し悪しはありますが、側で語りかける事が出来る事、
共に笑う事も出来る事、、

私にとっては最初の離婚をした、30年前から今日までで、今が一番幸せなような気がします。

「気がする」というのは、
両親が生きていてくれれば、もっと幸せだと言う事です。