本日は放射線治療がお休みのため、これまでに蓄積したダメージを鋭意回復中です。 幸い、今のところ大きな副作用もなく、味覚も正常に保たれています。
こうしてゆっくり過ごす時間の中、ふと親のことを思い出しました。
ブログを読んでくださっている皆様のご両親は、ご健在でしょうか。 すでに旅立たれた方や、さまざまな事情で離れて暮らしている方もいらっしゃるかもしれませんね。
私の両親は、数年前まで二人とも健在でした。 しかし5年前、父が胆管がんで他界しました。がんが発覚してからの5年間、闘病を続けながらの最期でした。
両親は私の自宅から車で2時間ほどの距離にある実家で暮らしていました。元々二人とも元気で活動的だったため、「親たちだけで問題なく生活できている」と安心しきっていたのです。 当時の私は子育ての真っ最中でした。子どもの高校や大学受験なども重なり、日々慌ただしく過ごす中で、両親とゆっくり会う機会をなかなか作れずにいました。
「時間ができたらゆっくり話しに行こう」「子どもの手が離れたら一緒に旅行へ行こう」。そんな風に、親孝行は「いつかできるもの」だと思っていたのです。
そうこうしているうちに、父のがんが発覚しました。 当初は「手術をすれば治る」と聞いていたため、私は少し安心し、「今は治療に専念してもらい、元気になった暁にはたくさん親孝行をしよう」と考えていました。
もちろん、通院や入退院を繰り返す父をできる限り手伝いましたが、遠方であることや、仕事・子どもの受験などでこちらも時間的な余裕がなく、十分に寄り添えたとは言い難い状況でした。
その後、父は徐々に弱っていきました。 最後に入院した時はまさにコロナ禍の最中で、家族の面会すら厳しく制限されていた時期です。 危篤の連絡を受けて病院へ駆けつけたものの、「まずはコロナの検査をしてから」と言われ、検査の手続きや準備をしている間に、父は息を引き取りました。ほんのもう一歩のところで、臨終に立ち会うことができなかったのです。
前日の夜もLINEでやり取りをして元気そうに思えたので、まさかこんなに急に逝ってしまうとは思いもしませんでした。
元々、私は両親とたくさん会話をするタイプではありません。それでも、心の中では常に感謝の気持ちでいっぱいでした。 思い返せば、幼い頃からたくさん心配をかけ、苦労をかけて育ててもらいました。
私が独立した後も、陰ながらずっと気にかけてくれていたようです。 また、父は「感謝や思いやり」を何よりも重んじる人でした。幼い頃からそんな父の背中を見て育ち、深く尊敬してきましたし、今の私も少なからずその影響を受けていると信じています。
父の死は、私にとってあまりにも大きなショックでした。
「元気になったら色んな話をしよう」「旅行にも行こう」。そんな約束は、一つも果たせぬまま終わってしまいました。恩返しをする機会は、もう二度と巡ってきません。振り返れば、それから半年ほどはずっと深い落ち込みの中で悩んでいました。
けれども、遅ればせながら気づいたのです。 「私には、まだ母がいてくれる」ということに。
母に対しては、もう絶対に同じ後悔をしたくない。心からそう思っていました。
でも…、 結果的に母親に関しても壮絶な後悔をすることになってしまいました。
次回に続きます…。