本日は入院から9日目。無事に6回目の放射線治療を終えました。

放射線治療の副作用にはいくつかあり、主なものとして皮膚炎や口内炎、唾液の減少、そして「味覚の低下」などがあります。

 

今のところ、私には明らかな副作用は出ていませんが、これから現れるであろう症状に対し、やはり不安を抱えながら待っている状態です。

 

本日は、その中でも「味覚の低下」について少し考えてみました。

 

当たり前だった「食の喜び」に気づく

これまでの人生、ありがたいことにほぼ健康な体で過ごしてきましたが、振り返ってみると「食」に対するこだわりはあまり強い方ではありませんでした。

 

美食家やグルメといったキャラクターではなく、たまに高級なものを食べると「めちゃくちゃ美味しいな」とは感じるものの、それを熱心に追求するわけでもありません。また、栄養や安全性を特別意識した食事とも程遠い生活でした。

しかし今回がんになり、治療の過程で「味覚が低下するかもしれない」と聞いて、初めて自分の味覚について真剣に向き合ってみたのです。

 

1番好きなカレーや焼き肉をはじめ、私はほとんど好き嫌いがなく、これまで何でも美味しく食べてきました。もし、その味覚がなくなってしまったらどんな感じなんだろう……そう想像すると、急に深い寂しさに襲われました。

「食」に大したこだわりはなかったつもりでも、実は「食べる」という行為が、人生の喜びの結構大きな部分を占めていたことに気がついたのです。

 

これからその感覚が徐々に失われていくかもしれない現実は、寂しさであり、不安であり、恐怖でもあります。

 

病院食で発見した新しい感覚

そんな複雑な思いを抱えながら、入院中の病院食を食べていたときのこと。ふと、新たな発見がありました。

病院食というと、「まずい」「粗食」「味が薄い」といったマイナスイメージを持たれがちです。私も最初はそう思っていました。

 

しかし、私は「今後味覚が薄れていくかもしれないのだから、今のうちに病院食をしっかり、真剣に味わおう」と決めて食べてみたのです。

 

すると、「ん?……美味しいな」と素直に感じている自分がいました。

決して濃い味付けではありません。病院食は総じて減塩食なので、味はかなり薄めです。それでも、素材の味がじんわりと感じられ、とても美味しく思えたのです。

 

なぜ薄味の食事がこれほど美味しく感じたのか。それはおそらく、私が今回初めて「真剣に食事をし始めたから」なのだと思います。

 

マインドフルネスで変わった食事の時間

「真剣に食事をする」とはどういうことでしょうか。

今回がんの告知を受け、少しでも心の拠り所を求めて様々な情報を集める中で、「マインドフルネス」に関する本を読みました。以前から言葉自体は知っていましたが、「なんだか面倒だな」「どう活用すればいいか分からない」と、あまり関心が向かなかった分野です。

 

しかし、改めて読んでみると、そこには「食事の際のマインドフルネス」についてこう書かれていました。

食事の際にも意識を集中させること。材料、見た目、香り、歯ごたえ、舌触り。そして、生産された畑やそれに関わる人々、料理が盛られた食器に至るまで思いを馳せ、食べている「その瞬間」を存分に感じ取って味わうこと。

なるほど、と思いました。

 

スマホやテレビを見ながらの「ながら食べ」や、仕事のために急いで掻き込む食事は、ただの「作業」になってしまい、とても食事を味わえるような状態ではありません。

そこで私は、このマインドフルネスを意識し、病院で出される食事に真剣に向き合ってみることにしたのです。

 

今のうちに、存分に味わい尽くす

するとどうでしょう。今までに感じられなかった素材本来の旨みや香り、そして「食べる」ことへの充実感が溢れてきたのです。薄味だからこそ、素材の持つ繊細な味が格段に引き立っていました。

今まで意識してこなかった食への喜びに出会えたことで、今では毎回の食事が楽しみになり、どんなメニューが出ても幸せを感じられるようになりました。

 

これから訪れるであろう味覚の低下が、この幸せにどのように影響するかは分かりません。もしかすると、残念な結果が待っている可能性もあります。

 

でも、「味覚が保たれている今」だからこそ、今のうちにできる限りこの幸せを存分に味わい尽くそうと思っています。

今回、考え方や捉え方を少し変えただけで、私はこの「マインドフルネスな食事」を実践することができました。これを機に、他のマインドフルネスの考え方にも強く興味が湧いてきています。

 

これからも徐々にマインドフルネスについて知り、実践を重ねることで、最終的にはどんな状況でも揺るがない「穏やかな心」を手に入れられたらいいなと願っています。