アラビアンナイト・第五夜 | TERUのブログ

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つれづれに

「お姉さま。今夜もお話を聞かせてくださいな」
「もちろんよ、陛下のお許しがあれば……」
「許す!」

さあ、いつもの書き出しではじまった最終回。今日は飛ばしますよ。なにしろ結末まで書かなくちゃいけないんだから。

みなさん、ハッキリとは覚えてないでしょ? 千夜一夜が、どうやって終わったかを。だからぼくが教えて差し上げる。余計なお節介だといわれても教えちゃう。

バートン版で最後のお話(つまり1001夜の内容)は……

あ、いままで言及してなかったけど、千夜一夜物語には底本がないので、「版」によって内容が異なります。ぼくはバートン版を元にして書いているけど、あなたがもし、マルドリュス版をお持ちなら、1001夜を飾るのはべつのお話です。以上、お断り終わり。

さて、シャーラザッドが語ります最後のお話は、カイロで靴の修理をしている男の物語。今回は急いで先を進めたいので、シャーラザッドの語り口ではなく、このまま地の文で説明を続けます。

その男の名はマアルフ。ファティマというカワイイ名前の奥さんがいるんですが、この奥さんが、まあ名前に似合わず、ひどい悪妻なんです。始終ガミガミ文句をいってる。家事もいっさいをマアルフにやらせ、しかも食事が不味いと、夫の顔に投げつけるという暴力ぶり。それで人に相談すると、こんどは夫に暴力をふるわれたと警察に駆け込まれ、マアルフの方が、警官にこっぴどく怒られる始末。そんな哀れな夫を見て、ファティマは、あたしに逆らったら、こうなるんだよと、いわんばかり。

なんか弱みでも握られて結婚したんですかね、マアルフさんってば。

そのマアルフさん。とうとう夫婦生活に耐えかねて、家を飛び出しちゃうんです。お金もないので、人里離れた荒れ寺に身を寄せて、雨風をしのごうとしたら、そこには怪物が封じ込められていた。なにも知らずその封印を解いてしまったから、さあ大変。せっかく怪物のような女房から逃げてきたのに、本物の怪物に食われるのか!

と思ったら、怪物にお礼をいわれちゃった。封印を解いてくれてありがとだってさ。しかも、願い事を一つ叶えてくれるというじゃないですか。

これ幸いと、二度と女房に会わない遠い国へ連れて行ってくれと頼みました。女房を殺してくれと頼まないので、マアルフは人がいい? まあ、そうかも知れないけど、一応これ伏線です。

そんなこんなで、遠い街へ来たマアルフ。ここで子供のころの友だちとバッタリ再会。なんだよ、そんなに遠くないじゃん(苦笑)。まあ、それはそれとして、その夜は友人の家でご馳走にありつく。友人曰く、この街はみんないい人で正直者なんだが、金のないヤツは信用されないそうだ。それのどこがいい人なんだよという突っ込みはともかく、友人は、金を貸してやるから、それで馬と奴隷を買い、大商人になりすませという。それで街の者をすっかり信用させてから商売をはじめれば、きっとうまくいくぞと。

素直なマアルフは、その通りにした。ところが、ここから話がおかしくなってくる。大商人のふりをはじめたら、まるで狐に憑かれたかのように、次から次へとうそを並べて、街の人の信用を得るどころか、その国の王さままで騙して、お金を巻き上げちゃう始末。いったい、マアルフになにがあったんだ? 奥さんを殺してくれと願わなかった人の良さはどこへ行ったんだ? という疑問には、いっさい答えずに話は進んでいく。

ここで、もしかして騙されたかと疑いはじめた王さまは、娘を使って真相を聞き出そうとする。マアルフは、なぜか王女には、ころっと本当のことをしゃべっちゃう。自分は大商人どころか、無一文で逃げてきた靴の修理職人です。なんという狼藉者。だったら処刑してやる……とはならない。王女さまも心根の優しい人で、お金を上げるから、これで早い馬を買って逃げなさい。と、マアルフを逃がしてあげる。

逃げる途中で、マアルフは指輪を拾う。その指輪をこすると、もくもく煙が上がって、指輪の精が出現。ご主人さまー、なんなりとご命令を~。なんという幸運。マアルフは指輪の精に命じて、本当の大商人にしてもらい、さっきの国に戻って、王女さまを娶り、王さまが崩御したあと、めでたく、その国の王になりましたとさ。めでたし、めでたし。

いいえ、だから、千夜一夜物語の作者は、そんなトロくさい結末は作りません。マアルフが王になったとたん、愛しの王妃が病で死んじゃう。なんで、そーなるの? しかもカイロに残して来た悪妻のファティマに見つかり、王宮に押しかけてこられて、さらに王座まで奪われちゃう。

そうかー、だから前半でファティマを殺さなかったのか。

いや、だーかーらー、なんでそこまでしてマアルフが不幸にならなくちゃいけないの?

しかし、最後の最後で、指輪の精に助けられ、悪妻を追い返し、ふたたびマアルフが王座について、こんどこそ、やっとめでたし、めでたし。

あー、疲れた。

こうして、シャーラザッドの命をかけた、千と一夜が終わったのです。

ですが、お話はまだ続きます。だってシャーラザッドの運命を書かなくちゃいけませんからね。

「これで、わたくしのお話を終えたいと存じます」
「そうか……ついに終わってしまうのか」

見れば、窓の外は白々と日が昇り、朝の空気が心地よくシャーリャル王の頬をなでていた。もう話すことのなくなったシャーラザッドの首をはねるときが、刻一刻と迫ってくる。

「はい陛下。ですが、最後にお話ししておきたいことがございます」
「なんじゃ?」
「わたくしはこの千と一夜の間に、陛下との子を、三人産みました」
「な、なんだとー!」

暴君シャールアルは、シャーラザッドの告白にビックリ! あんたがビックリするな! 驚いたのは読者じゃ!

千と一夜といえば、2年と9ヶ月だろ。妊娠期間が十月十日だとすれば、まあ、三人産むのは不可能じゃないけど、一人産んだら、一ヶ月後には、もう懐妊してなくちゃいけない。

まあ、それは無理やり納得するにしても、お腹が大きくなったことも、子供を産んだことも、毎晩話を聞いてるはずの王さまが気づかないって……あり得るか?

ないでしょ、そんなこと。あり得ません!

がっ、千夜一夜物語は、まるで疑問を差し挟むことなく、話を進めていく。

「どうぞ、子供たちの施しモノとして、わたくしの命をお与えください」
「む、むむむ」

そういって、白い首を見せるシャーラザッドを見て、さすがの大バカ王も、ためらいを見せた。三人も自分の子を産んでくれた母親ですよ。ここでためらわなかったら、もうホラー映画の怪物と一緒だわ。

そこをシャーラザッドは見逃さなかった。

「わたしの命をお奪いになれば、子どもたちは母なし子となります。後宮では女手にこと欠きませんが、子どもを育てるのに、母親に勝る者がございましょうか?」

シャーリャル王も、三年もの間、共に過ごした女でもあるし、だいたい、子どもを作ったんだから、おとぎ話を聞くだけでなく、やるべきことも、ちゃんとやってるんでしょうし、情もわいていることでしょう。シャーラザッドは、それに望みを託したわけですよ。

で、彼女の思惑どおり、王妃に裏切られたせいで、殺人鬼と化していたシャーリャル王は、憑きものが取れたかのように改心して、シャーラザッドを正式な王妃に迎えて、親子五人で、仲良く暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。

で、終わればスッキリするものを、千夜一夜物語の作者は、そんなありきたりなラストでは満足しない。いや、満足してくれよ、頼むから(涙)。

話は、まだ延々と続きます。シャーリャルは、そもそも妻の浮気を見つけた弟を呼んで、女のなかにも、賢くて信用できる者がいるぞと教えてやるんです。すると弟はいたく感心して、シャーラザッドの妹を、妻に欲しいと申し出ます。ところが妹は姉と別れて暮らせない。これからも一緒に暮らせるなら、弟王と結婚してもいいと答える。

それは無理でしょ。と思ったら、弟王は、そういうことなら、治めていた国はだれかにくれてやって、このまま兄の国で暮らしますよ。兄王のシャーリャルも、おお、それは名案じゃと大喜び。それどころか、一日交替で、君主をやろうぜと弟に持ちかけ、日替わりで王さまになることに決めました。

なんじゃそりゃ……王さまって、タレントがたまにやる、一日警察署長みたいなことでいいんですか?

このように、スッキリと終わることの少ない千夜一夜物語。現代のような洗練がないのは致し方ないとしても、ここまでラストに締まりがないと、そういう文化なのかなって気もしてきます。

というところで、千夜一夜物語は、完全に幕を閉じるのでありました。

さて、ドイツのオリエント学者エンノ・リットマンの研究によると、千夜一夜物語の内容は、大きく、六つに分類できるそうです。

1、おとぎ話
2、空想物語
3、伝説
4、訓話
5、風刺譚
6、逸話

1のおとぎ話は、「アラジン」や「アリババ」などですね。ガランが子ども向けに書いたというのもあるけど、まさしく「おとぎ話」。

2の空想物語は、シンドバッドが代表例ですかね。現代のファンタジーやSF小説にも多大な影響を及ぼした傑作ですよ。さらに、このカテゴリーには恋愛小説も多く含まれるとリットマンはいってます。千夜一夜の恋愛は、露骨にエロチックなので、子どもには読ませられませんけど(苦笑)。

3は文字どおりアラビアの古い伝説。

4はインドの動物寓話を元にした訓話。イソップ童話も動物の寓話が多いから、もしかしたら、なにか関係があるのかも(ちなみにイソップ童話の底本は古代ギリシア時代にさかのぼるので千夜一夜より古いはず)。

5と6も、文字どおりの物語です。風刺や逸話は、当時の文化を知らないと、おもしろいどころか、意味さえわからないこともあります。

こうして整理してみると、1と2のカテゴリーに入る物語が、読んでいておもしろいことがわかりますね。もちろん、どのカテゴリーにも例外はありますが。

千夜一夜の魅力は、異文化の香りというだけでは説明できないおもしろさに出会えることです。ときに呆れるくらいの正直者がいたかと思えば、心底腹立たしい悪党もいる。彼らはみな、自分に正直に生きてるんですよ。良くも悪くも、人間をストレートに表現しているからこそ、世界中の人々を魅了してやまないのかもしれません。

なーんて、偉そうに書いてますが、ぼくは千と一夜を精査したどころか、冗長なところはほとんど読み飛ばしているんです。意味がわかんなくて眠くなっちゃうんだもん(苦笑)。だからアラビアンナイトを語る資格はないんだよね(苦笑)。

というところで、ぼくのお話も、この辺で幕を閉じることにいたしましょう。

それではみなさま、今宵もよい夢を……



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