宇宙は暗黒。そりゃそうだろうと突っ込みが入りそうですな(笑)。宇宙の中で光を放っているのは「星」であって、宇宙空間そのものは「暗闇」です。
ですが、今日ここで話したいのは、「光のない状態」ではなく、「見えないモノ」についてなのです。
事は、1934年にさかのぼります。いままで、さんざん話してきたビッグバンと定常宇宙の、二つの学説が激しくぶつかり合う15年ほど前の話。
カリフォルニア工科大学の天文学者、フリッツ・ツビッキー(国籍はスイスです)は、『かみのけ座銀河団』と呼ばれる、1000個ほどの銀河があつまるところを調べていくうちに、望遠鏡で見る範囲の「質量」では、銀河団の動きが説明できないと考えました。
ツビッキーは、その銀河団には、見えているよりも、400倍の「重さ」がなければならないと試算したのです。
これは「質量欠損問題」と呼ばれましたが、謎のまま時は過ぎていきました。
新たな展開は、1970年代に入ってからです。アメリカの天文学者、ヴェラ・ルービンは、銀河の回転速度を調べていて、非常に不思議な現象を発見しました。
ちょっと待った。銀河の回転速度ですって?
そう。われわれの銀河は、「渦巻き状」ですよね。なぜ渦巻きになっているかというと、鳴門海峡で有名な渦潮と同じですよ。そう「回転」しているからです。
さて、ルービンは銀河の渦巻きに、なにを発見したのでしょう?
ここで問題です。ハンマー投げを思い出してください。人がくるくる回って、重いハンマーを遠くまで飛ばす競技。くるくる回っているとき、中心にいる人間の回転速度と、外側のハンマーの回転速度は、どちらが速いでしょう?
答えは「中心の人間」です。外側より内側のほうが回転速度は速くなるんです。
ところがルービンは、銀河は中心と外側で、回転速度が同じであることを発見しました。これは明らかにおかしな結果です。
そこでルービンは考えました。銀河の外側に見えない「質量」があれば、それが外側の速度を速めて、結果として内側と外側の速度が同じになるのではないかと。
しかし、その「質量」は観測できなかったので、目に見えないという意味で「暗黒物質(ダークマター)」と呼ばれることになりました。
1970年代と言えば、もうすでにビッグバン理論が、広く受け入れられていた時代です。もしも、まだ観測できない「質量」が本当にあるのだとしたら、それはビッグバン理論に影響しないのでしょうか?
するのですよ。すごく影響します。
きのうのブログで、初期の宇宙には「ゆらぎ」があって、そのゆらぎが星を作る種になったと書きましたよね。しかし、ビッグバン理論では、なぜ「ゆらぎ」ができたかを説明できないのです。
ところが、宇宙にはわれわれの知らない「質量」があるのだとすると、その質量による重力によって、ゆらぎが起こったと説明できるようになります。
ところが!
こんどは1990年代に入ると、宇宙の膨張が「加速」しているという観測結果が出てきました。
ハッブルが宇宙の膨張を確かめたのは1929年のことですが、そのとき宇宙は、等速で膨張していると考えられました。自動車が、高速道路を時速100キロで走り続けるようなものです。自動車は空気抵抗やタイヤの摩擦などで速度が、どんどん落ちますから、100キロで走り続けるときも、ずっとガソリンを使いますけど、宇宙空間の場合は、一度100キロに達して、それからエネルギーを与えなくても、ずっと100キロで動き続けます。
だからこそ、ビッグバン理論の証拠になるわけです。ビッグバンという爆発の勢いが、ずっと「残っている」と言えるのです。
しかし、加速はおかしい。
加速していると言うことは、いま100キロだったのが、1分後に110キロになる、2分後には120キロになり……と、どんどんスピードを増すと言うことですよね。そのためには宇宙空間でもエネルギーを与えなければなりません。
なのに、いまの宇宙には、そんなエネルギーは見あたらないのです。このため、見えないエネルギーという意味で「暗黒エネルギー(ダークエネルギー)」と呼ばれることになりました。
暗黒物質と暗黒エネルギー。
これらが、宇宙に「ちょっとだけ」あるというなら、まあ、それほど騒がれないかも知れませんけど、じつのところ、宇宙は暗黒物質と、暗黒エネルギーだらけなのです。
宇宙の全質量に占める暗黒物質の割合は、22%です。
じゃあ、残りの78%が、われわれが目にしている、ふつうの物質、すなわち、太陽や地球などを形作っている物質だと思うでしょ?
違うんですよ。
最新の観測結果では、ふつうの物質は、たった4%しかないんです。
では、残りの74%はなにかというと、それが暗黒エネルギー(質量換算した場合)なのです。
宇宙の76%は、「見えないなにか」でできてるんですよ。
いったい、その「見えないなにか」の正体は、なんなんでしょうか?
結論から先に書きますと……
わかりません!
驚くべきことに、暗黒物質は「目に見えない」どころか、まるで幽霊のように、ほかの物質をすり抜けて、触ることも感じることもできないようなんです。
そんなモノが本当に存在するのでしょうか?
たとえば、ニュートリノという粒子は、暗黒物質の特徴をいくつか備えています。目に見ない。ほかの物質を容易にすり抜ける。よって、まったく感じることもできない。
とはいえ、ニュートリノは、わずかに検知できるので、その研究で先駆的業績を上げた小柴博士が、ノーベル賞を受賞したのは、まだ記憶に新しいですね。
小柴博士が最初に研究したのは、太陽から降り注ぐニュートリノ。太陽は光を放っているだけでなく、ニュートリノも大量に放出してるのです。
それらが、地球にも降り注いでいて、人間の体にも、1秒間に数十兆個のニュートリノ粒子がすり抜けていますが、ぼくらはまったく感じることができません。ちなみに、夜になると太陽の光は届きませんけど、ニュートリノは、そのほとんどが地球も貫通して(すり抜けて)反対側に出てくるので、ぼくらは、夜でもニュートリノ粒子を、大量に浴び続けています。でも、まったく、なんにも感じません。
こう言うと、まるで放射線みたいですが、放射線は人間の体に悪影響を及ぼしますが、ニュートリノは、本当に、まったく「なにもしない」のです。ただすり抜けていくだけ。
こういう性質を、専門的には「相互作用しない」というのですが、ニュートリノは、めったにほかの物質と相互作用しないのです。
というわけで、暗黒物質は、ニュートリノではないかと疑われましたが、最近の研究では、どうもそうではないらしいとわかってきました。
となると、お手上げです。
まだ未完成の理論から導かれた、「候補」はいくつかありますが、どれもまだ説得力に欠けるし、そもそも、どれもこれも「未知の粒子」ばかりなので、ニュートリノのように、観測して調べるということができません。
暗黒物質ですらこの始末ですから、暗黒エネルギーに関しては、もー、ホントにどうにもこうにも、サッパリわからなくて、候補を挙げることすら難しいというのが現状です。
だからこそ、いままさに、その正体を突き止めようと、物理学者と天文学者が、必死になって研究しているのです。
その研究の最先端にいるのが、ヨーロッパのセルン。ほら、光より速いニュートリノが見つかったかも知れないとか(どうも怪しくなってきましたが)、物質に質量を与えている「ヒッグス粒子」を発見したかも知れないと言っている、巨大な加速器をもつ研究機関です。日本人の研究者も、たくさんセルンで研究を行っています。
明日はもう少し詳しく最先端の研究をのぞいてみましょう。