東大文I | 寺澤芳男のブログ

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寺澤芳男がオーストラリアのパースから、様々なメッセージを発信します。

  お正月の年頭挨拶で、実につまらないことを日本の大使や総領事が述べている。もう五十年も外国で日本語新聞を読んで来たがよくもまあ、あきもせず年頭挨拶を掲載するものだとあきれている。地元の新聞社としてはそうせざるを得ないのだろう。日本の大使は日本人を護るのが役目で日本人は国家公務員の大使や大使館員を税金でやとっている。彼らはパブリックサーバントである。しかし当のご本人はそうは思っていない。一国の主でそこに暮らしている日本人を統治しているような錯覚をもち、年頭挨拶で訓辞をたれる。

 パースの総領事館は年二十回の休日がある。日本とオーストラリアの休日を両方とるからで、あさ九時から十二時半、二時から四時まで五時間半しか働かない。そこにキャリアも含めて八名が日本の各省から、五名のローカルスタッフとともに毎日一時間半のランチアワーを楽しみパースで優雅な生活を送っている。もちろん総領事ともなれば豪邸があたえられる。

 わたくしの友達、三菱商事ニューヨークの桜井さんが、外務省の粋なはからいでニューヨークの総領事になった。三年前のこと。ランチアワーを全廃した。ひるごはんは交代で職員はとればよい。それよりひるしかひまのない人々のために領事館はオープンするべきだと、きわめて「民間人らしい」思いつきで直ちに実行した。もちろん好評だった。

 ここからいきなり「東大論評」にとぶ。東大卒でもないわたくしはあまり有利な立場でないとしりながら・・・。日本の役人の武士意識に、うんざりする。今世界中に独立国が二〇〇あるとしてそのうち一〇〇国に日本からの大使がいる。外務省にそんなに優秀な人が一〇〇人もいるとは思えない。民間を採用するとポストが減るから頑として反対し自分たちで死守する。

 東京大学のすごさ、すさまじさはふつうの人の想像の域を超える。国家予算の国立の九〇パーセントが東大につく。北海道から沖縄まで森林、土地があらゆるところに点在する。千葉県にはゴルフ場さえある。総資産を計上したらいったいどうなるのか。東大法学部に進みたければ「 東大文I」にパスしなければならない。現代文・古文漢文・数学・日本史・世界史・英語。塾で死ぬほど勉強してもパスするのは至難のわざだ。記憶力、集中力、忍耐力、そして生まれつきのDNAがなければならない。

 江戸時代の江戸の人口は二百万人。そのうち武士は十万人。三百諸候の各藩の江戸詰と墓府の役人たちだ。

 東大合格は町人が武家階級になるのと同じで、死ぬまで威張っていられる。こうなると私学の早稲田とか慶応なんて可愛いものだ。まず財政面で、私学はどう転んでも東大の敵ではない。資産面で特にそうだ。国立大学のゆったりしたキャンパスをみて、私大のネコのひたいのように窮屈なキャンパスを思い胸が痛んだ。

 政治家、官僚、弁護士、裁判官。毎年二〇〇人以上の合格者を出す司法試験、そして国家公務員試験I種の合格者数、このものすごいふたつの難関に一番の近道が「 東大文I」なのだ。

 所詮早慶はそのすべり止めにすぎない。早大の場合、わたくしは政治経済学部だったがほとんどが東大を失敗したものたちだった。行天豊雄君もそのひとり。彼はなんと最後の旧制一高から東大入試と失敗して政経に入ってきたという変わりものである。大蔵官僚をねらっていたから一年だけ早大にいて東大に入学した。しかし文一ではなく文二(経済学部)だった。大蔵省財務官という官僚トップに昇りつめ東京銀行会長となり、日経の「私の履歴書」を書いたからもう終わりと思っていたら、どっこい七十八歳で返り咲き財務省顧問である。

 東大を失敗して早大に入って四、五ヶ月して秋の野球の早慶戦で「都の西北」を歌っていると「まあ、いいっか」となって東大進学をあきらめて早大にとどまる例が多い。

 日本の大学卒の80パーセントが私立だが、その勢力は国公立に較べるとまだ弱い。「世界の大学のランキング」で一〇〇位の中に入っているのは東大、大阪大、京大、東北大で早慶など影もかたちもない。

 東大卒の女性が相手としてギリギリの線で許せるのは早稲田だという。まあそんなところだろう。

 鳩山内閣のうたい文句は「官僚主導から政治家主導へ」だが東大が存在するかぎりむりだ。もう四十年も前になるのだろうか。あの安田講堂の東大紛争のとき、たった一回だけ東大入試がダメになったが今考えるとあの時が東大をつぶす唯一の絶好のチャンスだったのである。

 わたくしたちは死ぬまで東大コンプレックスで悔む年代だ。日本が沈む前に官僚がいなくなる世界が来るのか。祖国のもみじを見に行くために金曜日(十月三十日)パースを発つ。