日本の国民は、将来の食に対する危機感をどれくらい真剣に考えているのだろうか?日本は特に、戦争に参加することはなく、世界をどう変えようとか考えることもなく、日本の国がどうなるのか、今後も幸せに生きていけるのだろうか?程度のことしか考えていないひとが多いのではないのだろうか?
少なくとも、年明け早々の新年会もその前の忘年会も、日本の経済、雇用、ビジネスの話は出るのであるが、今ひとつ世界観がなく、環境意識もないし、資源に関する危機意識も大きく欠けると思った。確かに日本国内だけを見れば、水はあるし、食料なんぞ捨てるほどどこにでも転がっている。お金さえ出せばいつでもどこでも何でも手に入る。
しかしである。まず、世界の人口は戦後どれくらい増加してきたのか、頭に入っているのだろうか?
今現時点の世界人口は、68億5974万人なのであるが、ちょうど60年前(1950年)の人口は25億1900万人であった。そして、2050年には93億人を軽く超えるのである。何と恐ろしい増加率なのだろうと驚く。これに対して、砂漠化、土壌の汚染、酸性雨、塩害、道路の拡張、工業用地への移行、その他諸々あるが、少なくとも世界の農産地は減っていく。おまけに地下水の枯渇も深刻な状況となってきた。海水の淡水化は有望であるが、非常にコストがかかる。その上に飲料水が確保できるかどうかの保証もない。少なくとも現在よりも環境は悪くなる。今でさえ、10億人以上が満足に食事ができずに、飲料水も充分に確保できていないのである。
既に、経済成長による環境汚染は自然が修復できる許容量を超えてしまった。石油や天然の水資源も、あと何十年もつのであろうか?40年後の農産地はどれくらい残っているのだろうか?温暖化はさらに進み、桜の花は見ることができるのだろうか?少なくとも光合成は34度で停止するので、暖かい地方での農産物収穫は見込まれない。人は食料を求めて北へ移住するのだ。これは決して非現実的なことではない。
年代的に言うと、40年後に子育てをする世代に相当な負荷がかかると思われる。今の中高生の子供の世代であろうか。我々は決して負の遺産を残してはならないのである。そのためにも世界を見て、危機感を持ち、動かぬ政治を動かし、環境を維持する技術の開発と、産業化を進める努力が必要だ。