前回からの続きです。
まずは前回記事より。
大阪・関西万博2025、2日目の午後は、予約していた関西パビリオンに向かいます。
関西パビリオンの入口に書かれていた壁画です。
中央の広場です。
関西パビリオンですが、大阪府のブースはありません。
他方、鳥取県、徳島県、三重県のブースがあります。
まず兵庫県ゾーンに入りました。
新型コロナウイルスの第一回緊急事態宣言が終わる頃までは住んでいたわけで、今でも兵庫県民という意識で日々を生きていますので。
テーマはコウノトリの図柄にダブルデッカー・バスが描かれた兵庫ミライバスです。
兵庫五国といわれる、旧国名で5つの国から構成されており、自然環境も文化的にも多様です。
兵庫県の名産品です。
右上の灘の酒は、なにより身近です。
1970年の大阪万博のときのグッズが展示されています。
この展示を見ている時は、なぜここに展示されているのか分かりませんでしたが、あとで分かりました。
ステンドグラスです。
ルミナリエを連想します。
展示を見たあとは、映像上映がありました。
映画は『アート・ドキュメンタリー映画 EXPO'70 前衛の記憶~アコを探して~』という甲南大学の学生らが制作した映画でした。私は途中から見ましたが、なんとアーティストにとっての万博と反万博についての内容です。
次に横尾忠則インタビュー、さらに1970年の大阪万博の自動車館で作家の安部公房と草月流家元で実験映画などの映画監督もしていた勅使河原宏さんが制作した映画が立て続けに上映されました。
その上で、1970年の大阪万博では当初は人類文明と科学技術がもたらす「不調和」も扱う予定だったのが、「進歩と調和」という形に変えられ、そして前衛芸術家たちの「反万博」というムードを作り出した経緯についての講演がありました。
今でも「太陽の塔」が残っていて有名な岡本太郎さんや、「せんい館」を手掛けたグラフィックデザイナーの横尾忠則さん、そして安部公房・勅使河原宏も含めて、「反万博」で活動していたのに、なぜか万博のパビリオンなどでオファーが来て、二度と関われないだろうビッグ・プロジェクトであることから企画に乗り、「裏切り者」などという批判もされながらも、万博の企画の中で相当好き勝手なことをやってしまったという。
そうした実験性は、今回の大阪・関西万博には見られなかったですね。
そして、関西パビリオン・兵庫県ゾーンには、2時間以上もいました。
今回の大阪・関西万博の企画の中で、トップクラスで濃密かつ本質的な内容だと思いました。
ちなみに甲南大学人間科学研究所所長の川田都樹子さんは昔、藤枝晃雄・武蔵野美術大学教授が中心になって進めていた、アメリカの美術批評家クレメント・グリーンバーグの美術批評・美術理論の翻訳でよくお名前を拝見していました。
これ以降、パビリオンは駆け足で回りました。
京都府ゾーンです。
日本刀です。
着物です。
徳島県ゾーンより。
阿波人形浄瑠璃の人形です。
三重県ゾーンより。
妖刀村正です。
昔、奈良の薬師寺で刀剣展示会が行われたときにも妖刀村正は見ましたが、いつ見ても引き込まれますね。
心霊スポットに持って行って、刃身に魔物の姿が映ったり、魔物を切ることができるか見てみたいですが(笑)
滋賀県ゾーン、福井県ゾーン、鳥取県ゾーンは入場制限がかかっていて断念しました。
ただ関西パビリオンの隣で鳥取県のフェスティバルをやっていて、アンケートに答えたら入浴剤をいただきました。
次はモザンビーク館を訪れました。
そしてコモンズA、コモンズCを回りました。
コモンズC・ウクライナのブースです。
メインのブースは行列で入場まで時間がかかりそうでしたが、その隣に展示品が並んでいるブースがあり、そちらは並ばずに見ることができました。
ウクライナのブースは、戦時を思わせる展示品が並んでいました。
ロシアは今すぐ撤退すべきです。
コンテナにミャクミャクの目と「EXPO2025」の文字が描かれたグラフィティです。
2日目も東ゲートから出て地下鉄中央線に乗りました。
今回は大阪ミナミで生活資材の買い物や食事があるので、やや早めに出ました。


















