※写真はイメージです。
2月18日(月)、マイドームおおさかで開催された、立憲民主党大阪府連主催の原発基本法案タウンミーティングに参加して来ました。
私は、同党に対しては、結党当初は期待をしたことがありますが、すぐに同党に対する支持を止めております。
今回のタウンミーティングについても、最初からアウェーのつもりで、敵陣に乗り込む覚悟で行きました。
そもそも私自身は、近代民主主義を「畜群の群れ」としての匿名の群衆によるルサンチマンに根ざした支配体制というニーチェ主義的な立場を取っており、同時にリベラル左派の中に分離結合論的な理論闘争を仕掛けて階級的視点の外部注入を試みていることは、これまでの投稿を見てもお分かりでしょう。
そういう私が、議会主義的リベラル政党にほかならない立憲民主党のシンポジウムに行くなどという行為は、矛盾していると揶揄する方もおられるでしょう。
だが、日本の政治社会の問題を考えれば、それは単なる「矛盾」ではなく「絶対矛盾」であり、まさに場所的自覚というものが問われて来るだと述べておきましょう。
この議論をすると禅問答になりかねないのでこのくらいにしておいて、本題に入ります。
まず、以下のサイトにアップされている、立憲民主党による原発ゼロ基本法案をお読みください。
立憲民主党による原発基本法案骨子案では、早期に日本国内の全原発の稼働を停止して原発ゼロに移行するとともに、当面は化石燃料と再生可能エネルギーの双方を活用しながら、再生可能エネルギーに移行するというプランです。
その再生可能エネルギーのインフラ整備は地方自治体および民間を主体に行うというものです。
原発ゼロに伴う原発立地体や電力関連産業における雇用や経済的な配慮も行うとのことです。
それだけを聞くと、悪くはないように思います。
だが、長期的なエネルギー政策としての現実性に乏しいといわざるを得ません。
再生可能エネルギーを地域主導で進めるというのも、理想としては悪くはありませんが、ネオリベラリズムと地方切り捨てにつながる危険性も内包していると思います。
悪くいえば、脱原発に伴う国の財政支出を抑えるための方便として「地方主体」を掲げているが、実際には負担を地方自治体に押しつけ、民間企業に丸投げすることで、電力という産業や生活にとって重要なインフラを市場原理主義の論理によって決めて行くプランだともいえます。
また、原発ゼロ基本法案の前文には、「甲状腺がんの発病など命と健康に対する被害と不安とが広がった」との記載があります。
だが、福島県での甲状腺がんの問題は、スクリーニング効果の可能性も高く、より精査する必要があり、被曝原因とするのは早計です。
福島や東北出身者に対する差別やいじめを助長する内容でもあり、そうした配慮に欠けています。
タウンミーティングの質問時間では、経済政策も打ち出すべきとの質問をされた方が複数名おられました。また、バイオマス発電が輸入パーム椰子に頼っていることの問題など、再生可能エネルギーにも問題があること、石炭火力の全廃を打ち出すべきとの意見された方もいました。
他方では、原発ゼロこそ優先すべきとか、経済政策などアベノミクスは富裕層優遇策にすぎず弱者への救済策さえやれば十分で不要だと言う人までいました(これは「反安倍」の中には、「透析患者は自己責任」と書いた維新の候補者と大差のない、極端なネオリベ自己責任論者もいることのだと感じました)。
そして私が行った質問は、まず原発ゼロは経済政策に位置づけるべきであり、雇用対策や研究費増額が重要であること。とくに原発立地体での雇用の観点では、廃炉ビジネスは検討すべきではないかと質問しました。
説明と質疑への回答を行った方が、立憲民主党エネルギー調査会の山崎誠衆議院議員で、民主党からみどりの風や日本未来の党に移って立憲民主党に合流した人ですが、どうも藻谷浩介氏の『里山資本主義』に影響されているようで、問題アリといわざるを得ません。
私の質問のうち、廃炉ビジネスについては、国が押しつけるようなやり方は考えておらず、地域主導の再生可能エネルギーがメインであることです。そこからも、うがった見方をすれば「緊縮財政」と「地方・民間丸投げ」の発想があることを感じさせます。
他の方が質問した石炭火力の全廃については、再生可能エネルギーへの移行までの間の化石燃料としての担保はしているとのことです。つまり、地球温暖化による気候変動の悪影響が現に出ているのに、人が死んでもいない低線量被爆の方が重要らしいです。
また、アベノミクス批判の質問には、まったく同感とまで答えていました。
はっきりいって、どうしようもありません。
質問者も回答した政治家も、本当は「隠れ維新」なのではないかと思いました。
もっとも、かつて民主党は「サッチャー・ブレア路線」といって、サッチャー的な新自由主義的改革を行った上に、ブレア的な民間やNPOで人件費を切り詰めり無償ボランティアを活用した福祉サービスを「セイフティ・ネット」と称して導入するという考え方を示したことがありますし、しかも福祉の財源には消費税増税を掲げてきましたので、実は維新と大差ありません。
また、山崎誠衆議院議員が、発電以外の原子炉は研究用だけ認めると言っていました。
医療や考古学は認めないということです。
研究用についても、先端研究は倫理に抵触するものは規制すべきとまで言っていました。
だが、何が倫理に関わるかを政治が決めるのは、きわめて危険な発想です。
山崎議員は、倫理に抵触する先端研究として遺伝子組み換え技術を挙げていました。
だが、もし倫理に抵触する先端研究の規制を言い出して、やり玉に挙げられるのは、より簡素で確実な避妊方法や、身体への負担が少ない人工妊娠中絶技術などで、つまり性的なものに関わる先端研究が、性道徳的に規制されることしょう。あるいは代理出産やクローンなどがやり玉に挙げられることでしょう。
あるいは、科学的知見を欠いた偏見にもとづく規制強化論をもたらしかねません。
それに、先端科学の研究者の国外流出を招くだけです。
今回のタウンミーティングを通じて分かったことは、枝野幸男代表の発言だけで立憲民主党を判断するのは危険だということです。立憲民主党には様々な考えの政治家や支持者が参加していますし、はっきりいえば、菅直人政権の再来ともいうべき旧民主党の看板の架け替えでもあります。
民主党政権といえば、事業仕分けで文化芸術、学術教育、医療などの予算や事業を削減し、マニフェストを反故にして消費税増税やTPP参加を決め、経済政策が欠落して日銀総裁人事で金融緩和に否定的な白川方明氏に同意し、リーマンショック後に不況が直撃したにもかかわらず、白川総裁は小幅な金融緩和しか行わず、デフレ不況を深刻化させた政権です。
しかも、今日に至っても、それらの行為について誤りであると認めてもおらず、野党再編などの「政党ロンダリング」によって帳消しにしようとしている政党にほかなりません。
このような政党が、2001年の総理就任直後に、構造改革を進めるために公共事業を削減して「デフレ・スパイラル」「底冷え不況」と呼ばれるほどの最悪の不況を意図的に引き起こした小泉純一郎が掲げる「脱原発」に乗るというのも、やはり同じ穴のムジナだからでしょう。
また、いま問題になっている大学奨学金の「返済地獄」についても、小泉政権の下で貸与型奨学金の管理運営団体が日本育英会から民間金融を原資とする日本学生支援機構に改組され、教員や研究職に就いた者への返済免除が廃止され、延滞金の回収を優先する方式に改められています。そして国公立大学の独立行政法人化により、大学が教員を非常勤教員に置き換え、自己資金を賄うことに四苦八苦する状況を生み出したもの、小泉政権によるものです。
製造業や単純労働も含めた派遣労働の拡大、ワーキングプアの問題、そして国民年金の掛け金が毎年増額し給付額が毎年低下する方式に変更するなど、人々の生活を徹底的に逼迫させてきたのも、小泉政権によるものです。
このような小泉純一郎が掲げる「原発ゼロ」に乗るかたちで取りまとめられた立憲民主党の原発ゼロ基本法案は、むしろ危険な兆候をはらんでいるといわざるを得ません。
このような党に対する幻想を徹底的に打ち砕き、反緊縮の声を高めていくをことが重要です。
