乗り換え路線を選ぶと30〜40分で帰れるところを、1時間以上かかる乗り換え無し路線で帰宅した。
急いで帰る理由はない。
じっとすわったまま帰りたかったのだ。
サラ・ブライトマンを聴きながら瞑想したり眠ったり、この間習ったばかりのエネルギーワークをしたりしていたら
(ハートが固く閉じている)と感じた。
なんとか開こうとしてイメージの中でハートに剣(危険なものではない。仏具みたいなもの)を刺したりしていた時
イヤホンの奥で「風の通り道」が流れ始めた。大好きな曲だ。
宮崎駿の歌詞と、久石譲の音楽と、サラ・ブライトマンの声のトリプルアタックで、抑圧していた感情が上がってくる。
電車の中で涙がぽたぽた落ちる。
この曲、すごい。
帰宅してからもう一度再生したら、もっと強い感情が上がってきた。
床に転がり、言葉にならない叫びが、喉から、まるで細い長い布を引き出すかのように途切れることなく出続ける
ああ、これは、カウンセリングスクールに入ってすぐの、癒し始めたときと同じことが起こっている、と気づいた。
当時の私は、感情を抑圧しすぎて苦しくなっていた。癒着や依存にまみれ、罪悪感と自己否定とで自分をこの世から抹殺したがっていた。ひとりの部屋で、床に這いつくばって、心の奥底に溜まった哀しみと怒りの感情を排出し続けた。
あれから8年がたち、スクールも卒業した。ずいぶん落ち着いてきていると思っていたのに、
自己否定が溜まっていた?
この1ヶ月、感情を抑圧している人と深く関わり、心が近づいているのを感じていた。
癒着していたのかもしれない。
繋がりを強く感じた時、ラインがきたりしていた。
しかし、近づくのが怖くて(おそらくお互いに…いや、もしかしたら相手がより怖がっていたのかも)、彼が感情を抑圧している分も引き受けて、彼の罪悪感がなだれ込み、私の精神が崩壊し始めたらしい。
妄想かもしれないが、嫉妬を引き起こす言葉が次々と耳に入り、理性が飛んだ。
アルコールが入っていたせいだけではない。彼が何を言ったのか、自分が何を話したのか、全く覚えていないことが続いた。
最後は彼を罵倒して別れた。
それからずっと、心が死んでいた。
大きな喪失感と後悔。
なぜ我慢できなかったのか、
なぜ理性をたもてなかったのか、
なぜもっと大きな心で愛し赦せなかったのか、
自分を責め続けた。
責めるのに疲れ、うつ状態になり、何もしたくない動きたくない、の極地にいて、1時間以上座って帰ることにしたのだった。
サラ・ブライトマンの声は癒し。
久石譲の旋律は心の深いところに入り込み、
宮崎駿の言葉が感情を揺さぶった。
いま、憑き物が落ちたように穏やかになっている。
強力な罪悪感を使って、心の中に溜まっていた古い感情を掃除したとか?
毒を入れて毒を出した?
なんてこと、これからカウンセリングを受ける予定なのだ。
寸分違うことなく、物事はうまく回っているらしい。
