宮沢賢治の言葉の引用を読んで
あの頃の気持ちが
タイムスリップしたように思い出された。



あの頃、

それは、今から10年くらい前の

2010年代あたり、

東京都新宿区西早稲田に住んでいた

都会を満喫しながら暮らす毎日。


私には言いたいことが沢山あった。

イライラしていた、怒っていた。

手に負えない社会の色々に。


もし私が都知事だったら、

まずこの異常な人口密度を調整するために

高層住宅は条例で制限して、

人口を分散化したい。

それにより経済も一都集中型ではなくて、

各地に落ちる税金が回るようになって、、

___空も広くなるんじゃない?

非常事態時のパニックも少しずつ

和らぐ方向に、、、


とかさ、

考えたって無駄なことを妄想して、


あの頃はなんだっけ?

クラブで踊れなくなることとか、

発言の自由が規制される法律ができることとか

種を採取することを規制する法律とか、


なんやかんや、あって、

何でこんなにおかしい事が起きるの?!

ってモヤつきまくって

デモにも、数回一人で行ってみたりして。



でも、基本平和主義だし、

馬鹿じゃないの?って、

偉そうな自分も嫌で、

ここで吠えてても何も変わんねぇ、

と言う現実の悲しさと

効率の悪さに辟易してて、

まぁ、

エネルギーの発散場所ではあったし、

そういった諸々に

自分の熱い心が湧き上がることが、

むしろ、自分のエネルギーを

感じる事が出来る部分でもあって、

自分らしさを感じながらも

自分に嫌気が差すとこだったりもして

かと言って気分はイマイチで。


突然ね、思った。


外野で文句言ってるばっかで

何もしてねーの、ださい。

もーやめた。

自分の目の前、好きなように

実現できる世界に行こ!


都会は好きだった。

大通り、立ち並ぶ建物、

深夜でも明るく照らす街灯。

寝静まった時間でも、

なんとなく何割かの人たちが動いていて、

車が走っていて、

夜遊びなんかして

散歩しながら帰る道とか。

好きだった。


複雑な街の配置が頭に入ってて

自転車で都内を移動できることも

東京っていうスゴイ街を

縦横無尽に遊んでるような感覚になれて

アタシの場所〜♪

みたいな気分で。


大学生のころは人が怖かったし

東京憧れるけどびびる、って

そんな感じだったから

尚更、よゆーだぜぇ!

って気分になってるのも幸せだった。


けど、もうさ、例えるなら、

親の庇護下で、親の文句言うのやめれば?

みたいな、

そんなやなら、違うとこで暮らせば?

みたいな、

薄々思い描いてた憧れが、

切羽詰まった答えとして

急に鎮座したんだ、あの時。


そうだね。

それしかないね。

ってなった。


宮沢賢治の言葉の

"知識だけでは人は共感しないからだ。"

から、なんか、その頃の自分を

急に彷彿として。


あーーー

なんもしてない立場で

ぎゃーぎゃー

文句ばっかり言ってたあの頃の私

そりゃ、世界は動かないさねぇ。


と、ざらりと、あの頃のことと

それに気づいて移住を決めた時の気持ちを思い出した。