このブログは
「私、癌サバイバーらしいです」
―生き方と装いで
自分を取り戻すまでの記録 ―
として、実体験をもとに書いています。
はじめから読む方はこちら
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前回は、
手術前後の現実的な事について
書きました。
前回の記事はこちらから読めます。
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手術から約2か月後の
2025年11月20日放射線治療が始まりました。
放射線治療は、
それまで通っていた病院ではなく
大学病院へ通う事になりました。
術後2ケ月の時間を要したのは
予約がなかなか取れなかったのです。
初めての大きな病院。![]()
診察も会計も、
とにかく何をするにも時間がかかる。
それまでの病院との違いに、
最初は少し戸惑いました。
放射線治療は全25回。
土日祝を除き、毎日の通院です。
病気になってから、
毎日外へ出かける事がなかったので、
体調も良いし、
「ちょうど良い運動になるかな」
そんなふうにも思っていました。
病院までの道にある
銀杏並木がとても綺麗で、
今でも印象に残っています。
放射線治療が終わる頃は、
ちょうどクリスマスの時期。
毎日通院は大変ではありましたが、
外に出る事で季節を感じられる事にも、
小さな幸せを感じていました。![]()
治療そのものは、
ただ横になっているだけ。
痛みもなく、治療中に何か違和感を感じる事もありませんでした。
ただ、
「今、放射線を浴びているんだ・・・」
という見えないものへの不安感だけは、
どこかにありました。
放射線治療では、上半身裸になり
頭の被り物も外す必要がありました。
その為、前髪ウイッグの脱着が
だんだん面倒になり
通院はスカーフと帽子の組み合わせが
定番になりました。
服も、脱ぎ着しやすい前開きのアイテムばかりを
着ていました。
毎日ほとんど同じような服装。![]()
でも、そんな中でも
スカーフと服の色合わせだけは、
自分なりに楽しんでいました。
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「今日はこの組み合わせにしようかな」![]()
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そんな小さな事でしたが、
毎日の通院の気持ちを少し軽くしてくれていた気がします(o^―^o)ニコ
最初に副作用の説明は受けていましたが、
体感としては大きな副作用もなく、
15回目を過ぎた頃から
照射部位が少し日焼けしたかな?
という程度の赤み。
20回目くらいから、
しっかり赤くなってきたかな
という感じでした。
先生からは、
放射線による皮膚の赤みは
治療が終わってから1週間~10日程して
強くでる事がある
と説明を受けていました。
そして、本当にその通りでした。
治療が終わってしばらくすると、
照射部位が日焼けの酷い状態のように
真っ赤になり、ヒリヒリと痛みました。
特に私の場合は、
鎖骨周りが一番ひどかったです。
それでも、
「これも徐々に治っていくんだな」
と少しホッとしていた頃、
別の問題が起きました。![]()
背中にあった引っかき傷が、
どんどん悪化していったのです。
痒くて掻いてしまい、
かさぶたを取ってしまったのは
自分の不注意だと思っていました。
でも、傷はなかなか治らず、
どんどん化膿していきました。![]()
洋服に膿がつかないよう、
傷パワーパッドを貼って
過ごしていましたが、
それでも良くならない。
「なんでこんなに治らないんだろう…」
そう思っていたある時、
その傷がある場所が、
放射線を照射した左側で
しかも鎖骨の裏側
肩甲骨の上あたりだという事に
気づきました。
「まさか関係あるのかな…?」
そう思い、病院へ電話をしました。
すると、
「念の為、一度診せて下さい」
と言われ、その日のうちに受診する事に。
先生は傷を見るなり、
「あー、これは放射線皮膚炎ですね」
と。
本当に驚きました。
実はその傷、
放射線治療の後半にはすでにあり、
少しずつ悪化していました。
でも私は、
「直接放射線を当てた場所ではないし…」
と思い込み、
先生には何も伝えていませんでした。
すると先生は、
「何かあったら、どんな事でも
言ってくれて良かったんですよ」・・・と。
さらに、
私が自己判断で貼っていた
傷パワーパッドが、
逆に悪化させてしまった可能性が高い
とも言われました。
薬を処方してもらい、
指示通りに対処すると、
2週間ほどで傷は落ち着きました。
ただ、かなり酷かったので、
今でも跡は残っています。![]()
人に見える場所ではなかったのは
救いでしたが、
「違和感を感じた時は、
自己判断せず、早めに相談する事が
大切なんだ」
と強く感じた出来事でした。
この頃には、
術前抗がん剤で苦しんだ味覚障害も、
ほとんどなくなっていました。![]()
食事も美味しく食べられるようになり、
体調もかなり良かった。![]()
放射線治療も、
体調そのものに大きく影響する副作用は
なかったので、
「早く仕事に復帰したい」
そんな気持ちが強くなっていました。
今思えば、
少し調子に乗っていた部分も
あったかもしれません。
だからこそ、
今回の放射線皮膚炎は、
「まだ治療中なんだ」
と改めて気を引き締める
きっかけにもなりました。
そして放射線治療が終わると、
次は術後抗がん剤が待っていました。
先生からは、
「これは副作用が比較的少ないから
大丈夫ですよ」
と言われていました。
この頃の私は、
体調もかなり戻ってきていて、
「もう少しで普通の生活に
戻れるかもしれない」
そんな気持ちにもなっていました。
でも実際は、
「元気なのに治療が進められない」
という、
また違った壁に向き合う事になります。
次回は、
現在も続いている術後抗がん剤について
書こうと思います。
この闘病記も、
ひとまず一区切りになると思います。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。














