このブログは
「私、癌サバイバーらしいです」
―生き方と装いで
自分を取り戻すまでの記録 ―
として、実体験をもとに書いています。
はじめから読む方はこちら
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前回は放射線治療を甘く見ていた事で
【放射線皮膚炎】
になった事を書きました。
前回の記事はこちらから読めます。
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こんにちは![]()
前回投稿から1カ月以上過ぎていました![]()
気づけば6月も中半です。
関東は例年並みに梅雨入りしましたが、
雨の日は少ない気がします。
今日は久しぶりの雨
ですが
午後から晴れ間
がのぞいてきました。
さて今回は
現在も治療途中である術後抗がん剤についてです。
2026年1月
放射線治療を終え手術をしてもらった
病院へ戻り、術後の抗がん剤治療が
スタートしました。
術後抗がん剤の有無については
乳癌の告知の際に頂いたプリントにも
確かに書いてありました。
なので私の中では
やらなければいけない治療
という認識でした。
その薬は「カドサイラ」
主治医の先生の説明では
副作用の少ない「分子標的薬」との事
でも調べると「抗がん剤」と出てきます。
先生に
「ネットでは抗がん剤となってますが・・・」
と尋ねると
分子標的薬に一部抗がん剤が乗ってる
らしく
分子標的薬に分類して良い
との事でした。
素人の私には良くわかりませんが
術前抗がん剤のような
大変な副作用はないという事でしたので
少しほっとしました。
術後の抗がん剤治療をやる理由は
手術で見える部分の癌は取り除いても
リンパ節へ転移していたという事で
血液に乗って目に見えない
微細な癌細胞が残っている可能性が
ないとは言えないらしく
その予防の為の治療だという事でした。
この時に
「今は癌は治っていますよ」
と言われました。
「治ってる」という言葉は
想像してもいなかったので
おどろきと戸惑いと
もちろん嬉しさとが混在した
不思議な感情でした![]()
まだ治療が続いているので、自分は
「病気なんだ」
と思いこんでいましたが
先生からの「治ってる」の一言で
「今は病気じゃないんだ」![]()
と改めて自覚できて
急に元気になったような気持ちになり
目の前が明るくなたような
そんな錯覚を感じました。
一方で不安だった事は副作用の事
いくら軽い薬で副作用は少ない
と言っても副作用は個人差があるので
やってみないとわかりません。
この日は血液検査の問題もなく
スムーズに抗がん剤の投与となりました。
初回にアレルギー反応や発熱が懸念されるらしく
時間をかけてゆっくり薬を落とし
様子を見ながらの投与となりました。
おかげ様で初回は無事に
何事もなく投与完了![]()
そしてその後もたいした副作用はなく
これなら普段の生活に戻れると
思っていました。
カドサイラは3週間に1度で
全14回行う予定です。
スムーズに行けば
秋には治療が終わるはず。
副作用もほとんどないので
仕事を再開出来そうだと
思っていました。
ところが4回目の投与日の
血液検査で血小板の値が急激に下がり
投与がスキップになってしまいました。
体調はとても良いのですが、数値は
基準値を下回りやむなくスキップ。
その日は投与出来ず帰宅。
まあ、そんな事もあるかと
その時は深刻に考えていませんでした。
1週間後に改めて血液検査をしました。
またもや、数値は上がらずまたスキップ
血小板の値が低くても私の体感は
何も変化はなく
体調はすこぶる良いのです。
主治医の先生も少し困った様子でした。
いちお先生に
「私が何か気を付ける事とか
食べた方が良い物とかありますか?」
と聞いてみましたが、これに関しては何もないとの事。
薬の副作用なので数値が上がるのを
待つしかないとの事でした。
「もしなかなか数値が上がって
来なければ減薬するか
薬を変えるか・・・
まずは様子を見ましょう。」
という事でした。
ここに来て全くの想定外の事態です。
軽い抗がん剤とて甘くみてはいけませんね。
そんなこんなで
現在はやっと6回目が終わった所です。
相変わらず血小板の値が低いのですが、減薬して治療を続けています。
副作用は3回目投与後あたりから
手足先の痺れが出てきました。
携帯を触るとか洗い物をするとか
ピリピリと痛くて
手袋をする事もあります。
痺れに効く薬もあるとの事でしたが、
薬が嫌だったので、漢方薬
【牛車腎気丸】を
処方してもらいました。
今の所は気になる副作用はそのくらいで
血小板の数値に関しては自分で回避の
しようがないので
あまり深刻に考えないように
しています。
自分的には、病気になる前と変わらない
くらい体調は良いのですが
血液検査の結果では
血小板はもちろんの事
白血球の値も平均より低くめ
まだ正常値とは言えません。
油断は禁物だと自分に言い聞かせながら
出来る事を無理せずに日々を大切に
過ごしています![]()
先月から事務のパートにも復帰し、
少しずつ以前の日常が戻ってきました。
実は私は、事務のパートをしながら
パーソナルスタイリストとしても活動を
しています。
これまでSNSではあまりおはなしを
してきませんでしたが
生活を大切にしながら
自分らしい働き方で
スタイリストを続けています。
病気を経験した今、
以前にも増して感じるのは
「装うこと」は誰かのためではなく
自分自身を元気づける力がある
ということ![]()
お気に入りの服を着るだけで、
少し前向きな気持ちになれる![]()
鏡の前で笑顔になれる![]()
そんな小さな幸せを
これからも多くの方に
届けていきたいと思っています![]()
現在はInstagramで、
50代・60代の大人世代に向けた
コーディネートやファッションのヒント
を発信しています。
闘病中は
更新が少なくなっていましたが、
これからはスタイリストとしての活動も
少しずつ再開していく予定です。
もし興味を持っていただけたら、
Instagramものぞいていただけたら
嬉しいです![]()
そして、
術後抗がん剤治療が終わったら、
パーソナルスタイリストとして
本格的に活動を再開することが、
今の私の目標です![]()
昨年2025年1月に
乳がんを告知されてから約1年半。
先の見えない不安の中から始まった
闘病生活でしたが、
多くの方に支えていただき、
ここまで歩いてくることが
できました![]()
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この闘病記は、
今回で一区切りにしたいと思います。
最後まで読んでくださった皆さま、
本当にありがとうございました。
これからも、自分の身体を大切にしながら、
自分らしいペースで歩んでいきます。
そして、
「着るたびに笑顔になる」
そんな装いを、これからも皆さんと一緒に
楽しんでいけたら嬉しいです![]()
これからは
体力アップと体調のコントロールをしながら
自分の身体の声にしっかり耳を傾け
無理しすぎないように
マイペースで日々を送って行きます。
この回で闘病記は終了したいと思います。
この記録が少しでもお役に立てたならば
幸いです。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。














