前回の記事では、
「癌」と告げられた日から病院選びのことを書きました。

 

 

下差し前回の記事はこちらです

 

 

 

今回は、治療が始まるまでの“静かな準備期間”の話です。

 

手術が先だと思い込んでいた私

私は癌と言われたら、
すぐに手術になるものだと思っていました。

 

なぜなら

母も知人も、先に手術だったからです。

 

でも私の場合は
先に抗がん剤、その後に手術とのこと。

 

 

そういうこともあるんだ……

 

それが最初の驚きでした。

 

2月は検査。
抗がん剤治療は3月から。

 

2月は普段通り過ごせると聞き、
少し時間があることにホッとしました。

 

偶然にも、娘の産後を手伝う予定で
3月は仕事を入れていませんでした。

まるで、治療のために用意された時間のようでした。

 

 

治療で最初に言われた具体的な事

主治医の先生から、
具体的に言われた事がひとつあります。

 

「ウィッグはすぐに必要になるので、早めに用意してください。」

 

そうか……

やっぱり髪の毛はなくなるのよね。

 

 

抗がん剤治療=脱毛。
頭では分かっていたけれど、
その言葉で現実になりました。

 

 

ウイッグ探しの現実

私はすぐに検索を始めました。

 

「抗がん剤」
「副作用」
「脱毛」
「医療用ウィッグ」

 

サンプルを取り寄せ、試着もしました。

 

う~ん・・・どうしてもしっくりこない。

 

サイズが合っていなかったのかもしれない。
慣れていなかったのかもしれない。

 

とにかく変なんです。
率直に言うと似合わないショボーン

 

そして現実的な事で言うと

ウイッグは頭の締め付けと暑さがとても

不快でした。

 

はぁ~~~悲しい

 

鏡の前でため息しか出ない

 

私はヘアスタイルには自分なりの拘りがあり

カットやカラーは選び抜いた美容師さんにお願いしていました。

 

ウイッグが悪い訳ではないと思うのですが

テンションは下がる一方です。

 

髪を失うこと以上に、
「自分らしさ」が遠くなる気がして、
それが一番つらかったのかもしれません。

 

 

スカーフウイッグとの出会い

そんな時に見つけたのが
スカーフタイプのウィッグでしたひらめき電球

 

スカーフにマジックテープが付いていて、
前髪ウィッグが脱着できるタイプ。

 

種類も豊富で、とてもお洒落ラブラブ

 

しかもブランドを立ち上げた方が

癌経験者とのこと。

 

だからこそ、
痒いところに手が届く工夫がされていましたグッド!

 

それを見つけた瞬間、
一気に落ちていた気分が回復しましたドキドキ目がハートアップ

 

 

「これなら、髪がなくても安心して外出できるスター

 

私にとってその安心感は

想像以上に大きかったのです。

 

その上、かぶり心地も最高でした。

まさに神アイテムグッド!

 

 

 

 

私が見つけたこのスカーフウィッグはこちらです

私のようにウイッグがしっくり来ずお困りの方がいらっしゃったら

覗いてみて下さいね。

下差し

 

※ご紹介は個人的な体験によるものです。

関係者ではありません。

 

 

 

抗がん剤の副作用を検索しすぎて不安がマックスに

治療についても、たくさん調べました。

 

「抗がん剤」

 

「放射線」


「副作用」

 

検索すればするほど、不安になる一方でしたあせる

 

 

でも途中で、私は立ち止まりました。

 

まだ起きていない未来を
何度も先取りして怖がっている自分に気づいたのです。

 

治療内容は結果次第。
今すぐ私が決められることではない。

 

だったら
今できることに集中しようと

気持ちを切り替えました。

 

治療の助けになるような事や

治療中のライフスタイルに取り入れる事など

この時点で私がやってみようと思った事を

ピックアップしました。

 

 

治療前に私が選んだあれこれ

ダイヤオレンジ体力低下に備え体を動かす。
→癌患者さん向けオンラインヨガに申込む

→マシンピラティスの体験レッスンへ

 

ダイヤオレンジ身体を温める

→お風呂に必ず浸かる

→温かい飲み物を飲む

→ミネラルミスト浴へ通う

 

ダイヤオレンジ身体に優しい食事を選ぶ

→4毒(砂糖・油・乳製品・小麦粉)を極力避ける

→栄養価の高い食材をとる


ダイヤオレンジストレスの排除

→笑顔でいられることを優先する

 

ダイヤオレンジ定期的な水素吸引

※元々水素吸引には興味があり癌に効くかも??

説もあるらしく、まだ研究途上のようですが

身体にとってマイナスはないので

この機会にスタート

 

そして、一番は

いつも通りに一日を過ごす!!

 

それは小さなことだけれど、
確かな選択でしたキラキラ

 

 

実は

このあれこれの中には

健康な時からやってみたかった事も

含まれています。

 

今までは時間がない・・・とか

お金がない・・・とか

今じゃないとか・・・

言い訳して後回しにしていました。

 

今回は身体にとって良い事

を考えたら必然的に優先順位が

上がりました。

 

何より

時間は有限です。

出来る時に出来る事を

やっておきたいという

思いが強くなっていました。

 

些細なことですが

やりたかった事が出来る喜びで

ちょっぴりワクワクしている

私もいました。

 

 

癌になり

嫌な事ばかり考えていましたが

小さな喜びはちゃんとあることに

気づかされた瞬間でした。

 

 

 

改めて再認識した「選択できる」ということ

大きな出来事が起こると、
人生は一瞬で変わるように思えます。

 

でも実際は違う。

その中でも私たちは、
ひとつひとつ選びながら生きている。

 

 

どの病院に行くか。


誰の言葉を信じるか。


どんな気持ちで今日を過ごすか。

 

 

病気になって初めて、
私は「選択」の重みを知りました。

 

 

そして同時に、
どんな状況でも自分で選べることは

ちゃんと残っているのだと

知りました。

 

 

まだ治療は始まっていませんでした。

 

それでも私は、
どこかで覚悟を決めていました。

 

病気になっても、
自分らしさまで手放さないこと。

 

静かな覚悟の始まりでした。

 

 

次回は、検査結果が出て治療方針が決まり、
いよいよ抗がん剤が始まります。

 

この時点での選択が

今後治療と共に軌道修正される事になるとは

この時は予想もしていませんでした。

 

 

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乳癌の告知を受けて
一番最初にした事は家族への連絡でした。

泣き崩れるでもなく、取り乱すでもなく、
どこか冷静な自分がいました。

 

しこりを見つけ告知されるまでは前回ブログでご覧ください。

 

下差し

 

 

 

家族への連絡を終えて私が次にやった事、

それは病院選びでした。

 

何のツテもない私は、
ネットで検索するしかありませんでした。

 

都内の名高い大きな病院。
市内の総合病院。


いくつか候補を挙げる中で、
ひとつだけ心に引っかかる病院が

ありました。

 

こじんまりしているけれど乳腺外科が専門の
S病院。家から電車で8分。


そして何より口コミがとても良かった

 

でも、命に関わるかもしれない選択。
口コミで決めていいのだろうか…

 

頭では迷いながらも、
心はどこかそこに向いていました。

 

紹介状を書いてもらうために

近所のクリニックへ行き、
先生にも相談しました。

 

都内の大きな病院の中で一つ

すぐに受け入れ可能な病院がある事。


市内の病院は乳腺外科の医師が多い事。

 

とても有益な情報を頂けたけれど、

なぜかしっくり来なかった…

 


私が気になっていたS病院について尋ねると
「聞いたことはありますね」という程度

 

紹介状は二日後に出来上がる

との事だったので


「もう少し考えさせてください…」

そう言ってクリニックを出ました。

 

迷いますよね。


大きな病院の安心感か。
専門性の高さか。
それとも、自分の直観か。


でもクリニックを出た瞬間、
なぜか私はS病院へ電話をしていました。スマホ

 

口コミで評判だったのは院長先生。
きっと簡単には診てもらえないだろう

 

と思いながらも、
思いの丈をそのまま電話で伝えました。

 

「院長先生に診ていただきたいですビックリマーク

 

すると・・・

 

「明日か明後日来てもらえれば

院長先生に診てもらえますよ。
ただ予約外なのでかなりお待ちいただきます」

 

明後日は紹介状が出来る日だ電球


「明後日行きます!よろしくお願いします」

 

気づけば道端で携帯を握りしめスマホ

その場でお辞儀していました。

 

タイミングが良すぎる。

とにかく行ってみよう。
合わなければセカンドオピニオンもある。


そう思っていました。

 

皆さんならどうしますか?
直観を信じますか?

 

私が皆さんの立場なら

こんな大事な選択を直観で大丈夫なの?

と思ったと思います。

 

でも今思えば、あの時の私は

「正解」探していたのではなく
自分が納得できる選択をしたかったのだと

そう思いました。

 

もちろんこの時はまだ

他の病院の選択肢は

捨てていませんでした。

 

すぐに動ける事で気持ちがまぎれたし

止まっている事が不安だったの

かもしれません。

 

病院病院病院病院病院病院病院病院病院病院

 

二日後、紹介状を握りしめS病院へ

 

三時間程待ったでしょうか
午前中最後の診察で呼ばれました。

 

触診、そしてエコー検査

「左胸の乳がんが

リンパにも転移していますね」

 

その言葉は、すでに聞いていたはずなのに、
この日は言葉がずっしりと重くのしかかりました。

 

 

私は思わず口にしました。

 

 

「先生、私・・・・もうダメですか?」

 

 

声は小さく震えていた事を覚えてます。

 

心臓の音が先生に聞こえるくらい

高鳴っていました。

 

 

先生は私の目をまっすぐ見て、

 

 

「大丈夫ですよ。治せますよ」

 

 

その瞬間

張りつめていた心がほどけました。
ぐわっ~と感情が込み上げてきました。

 


癌とわかって初めて、

自分の感情に触れた瞬間でした。


でもその時はなぜだか

涙は出ませんでした。

 

 

この時、癌とわかってからずっと
感情にふたをしていた自分に気づいた

瞬間だったと思います。

 

不安な時ほど平静を装ってしまう

自分にも気づきました。

 

頭の中が真っ白で何も考えられず

ただ診察の流れに身を任せていました。

 

すぐに

組織検査が始まりました。

 

針で癌の組織を採って

乳癌のタイプを調べる検査との事


組織を取るための大きな器具を見て

その大きさに驚きと怖さで

身体が硬直していましたガーン

 

それはまるで機関銃のようでした。

 

先生から

 

「大げさな器具で音は凄いけど

一瞬だからね」・・・と

 

あれよ、あれよと言う間に胸と脇に

「バキュン銃バキュン銃

と数回。


大きな音と衝撃。

もちろん痛かった~えーん

 

でも、これから始まるかもしれない未来への不安に比べたら、
一瞬で終わる痛みは我慢できました。

 

 

「結果は2週間後
CTやMRIの結果も含めて、最善の治療を決めましょう」

 

そして最後に先生は

私の肩に優しく手を置いて

 

「治せるから、大丈夫」・・・と

 

 

改めて言われたその一言で

涙があふれ出てきました

泣泣泣泣泣泣泣泣泣泣泣

 

 

安堵だったのか…
それとも恐怖があふれただけなのか。


今でもよくわかりません。

 

感情をしまい込んだ箱の

蓋を開けられたと言うのではなく

箱のどこかに穴が開いて漏れだした

そんな感覚でした。

 

この時に
この先生を信じて

治療を頑張ろうと決めました

 

 

 

私はこの時

すぐ手術になるものだと思っていました。

 

けれど治療は、

先に抗がん剤から始まるとの事だった

 

「抗がん剤」をやるんだ・・・

 

想定外だった驚きと

不安と複雑な気持ちでした。

 

私の認識では「抗がん剤」は

辛そう

というイメージしかなかった。

 

2月は検査。
抗がん剤治療は3月から。

 

2月は普段通りに過ごせると聞き、
少し時間があることにほっとしました。

 

偶然にも、娘の産後を手伝う予定で
3月は仕事を入れていませんでした。

 

不思議なくらい、
物事が淡々と決まっていく。

 

けれど私の心だけは、
まだ現実に追いついていませんでした。

 

「治せるから、大丈夫」

 

あの言葉を何度も思い出しながら、
それでも夜になると不安が顔を出す。

 

抗がん剤という言葉も、
リンパ転移という現実も、

理解できていた訳ではなかった。


まだどこか他人事のようでした。

 

この時私は

「何も始まっていない時間」の中に

立っていました。
 

希望と不安のあいだで、揺れながら。

でも不安の方がとてつもなく

大きくのしかかっていました。

 

 

次回は
治療が始まる前に

私が考えていたことや、始めた事について
書いてみようと思いますおねがい

 

 

最後まで読んで頂き

ありがとうございました。

 

私「癌サバイバー」

言われる人らしいです。

 

乳癌の告知からちょうど1年が

過ぎました。

 

治療の目途が立った事で

癌告知から治療についての

記録を残したいと

思うようになりました。

 

しばらくの間、スタイリストとしての

内容から離れますが

ご理解頂ければ幸いですm(__)m

 

癌と診断された日から治療までの

詳細な事実と、私のありのままの想い

心の揺れ動きの中で「自分らしく生きる」

を選び続けた記録です。

 

興味のない方はスルーをしてくださいね。

 

 

なぜ私がこの場で癌についてを

書こうと思ったか

詳細は前回の記事に書いています。

 

よろしければご覧くださいおねがい

下差し

 

 

 

 

始まりは、本当にいつもの何気ない

日常の一コマでした。

 

お風呂でいつも通りに身体を洗っていた時、
タオル越しに左胸に触れて

 

「あれ?」??

 

思わず手が止まりました。

 

鏡で両胸を比べて見ても分からない。
触らなければ気づかないくらいの

しこりでした。

素手でもないのに、なぜ気づいたのか・・・


昨日も同じように洗っていたはず

偶然だったのか。導かれたのか

今でも不思議です。

 

すぐにネット検索しました。

「乳癌」パソコンサーチ

 

 

でも、情報が多すぎて・・・

知らない言葉も多くて

素人の私には何も判断できない。


「乳癌は乳腺外科へ」

 

その情報だけを頼りにその夜のうちに

3日後に近所クリニックへWEB予約をしました。

 

私は、気になると放置できないタイプです。
そして、悪い想像で自分を追い込むのも嫌だった。

だからこの時点では誰にも言っていません。

まだ何でもない可能性もあったから。

いや、きっとそう思いたかったのでしょう。

 

 

 

病院病院病院病院病院病院病院病院病院病院病院病院病院

 

診察当日。

近所の乳腺外科まで歩いて10分。

内科がメインの小さな町のお医者さんです。

 

触診のあとエコー検査。

先生はモニターを見ながら、

あっさりとこう言いました。

 

「左胸。これですね。
左脇にも気になるものがあります。

悪性の可能性があるので

明日マンモグラフィをしましょう。」

 

 

……え?

 

なんて?

 

どういうこと?

 

今、私は何を言われたの?

 

悪性って?癌なの?

 

これって告知???

 

頭の中で何度も問い直しました。

 

 

と同時に私は、

「明日は仕事があるので、

来週でもいいですか?」

と、言っていました。

 

すると先生はきっぱりと、

 

「仕事と身体、どちらが大切ですか」

 

その一言で、状況の重さを悟りました。

身体が、ぞくっと震えました。

 

私、癌かもしれないんだ・・・

 

ここから頭の中は癌の事でいっぱいです。

ついついネットで無駄に検索していました。

 

でも、まだわからないし・・・

 

と自分に言い聞かせながら

押し寄せようとしている不安を

取り除いていました。

 

 

 

翌日のマンモグラフィで、

はっきりしました。

 

 

「癌」でした。

 

 

しかもリンパにも転移していて

初期ではない状況だと

はっきり言われました。

 

今思うとこれが俗に言う

「告知」だったと思う。

想像していたのとは違って

とてもカジュアルにサラッと言われた。

 

その言葉はBGMのように

流れて来たような感覚だった

まだ全く呑み込めていなかったです。

 

でも心臓は今までに経験した事がないほど

早く打っているのに、
不思議なくらい頭の中は冷静でした。

 

昨日の段階で、無意識ですが

覚悟してのかもしれません。

取り乱すでもなく、泣く事もなく。

 

ただ、事実を処理している自分がいました。

この時まだ現実として受け止められて

いなかったのだと思います。

 

 

そこからは「感情」より「段取り」でした。

 

仕事はどうする?


娘の産後の手伝いは?


保険は?


病院はどこにする?   

などなど、頭の中は大渋滞。

 

大きな病院は一カ月待ち。
乳腺外科医は足りないというのが

現実だそうです。

 

病院選びという難問。

それでも時間は待ってくれない。

 

この時間も

癌は進行しているのではないのだろうか?

という焦りもなくはなかった。

 

 

 

渋滞中の頭の中、一番最初にした事は

家族(子供たち)への連絡でした。

 

クリニックを出て目の前の広場で

電話をかけました。

 

まず息子へコールスマホ

どうせ出ないだろうなぁ・・・

思っていたのですが、

この日はめずらしくすぐ出た!

 

私は驚くほど冷静に伝えられました。

息子も静かに
「わかりました。また連絡して」とだけ。

 

 

次は娘

でも娘にはすぐには連絡できませんでした。

 

なぜなら・・・

この時娘は臨月。

まもなく二人目の出産を控えていました。

 

余計な心配はかけたくない

産まれるまで黙っておこうか・・・

とも考えた。

 

でも私が産後の手伝いに行けない

可能性もある。

すぐに伝えようと思った。

 

その日の夕方、娘からビデオ電話が

かかってきました。

孫の顔を見せてくれる為に娘からは

ビデオ電話が通常です。

 

そのタイミングで伝えました。

言葉は冷静だったと思います。

いつも通りにふるまったつもりだったけれど

実際の顔はどうだっただろうか・・・

 

娘の目に映った私は、
いつもと違っていたかもしれません。

通話は、いつもよりずっと短い時間で

終わりました。

 

 

私の母は60代で癌で亡くなっています。

だから、どこかで
「自分もいつか癌になるのかもしれない」

と漠然と思っていました。

 

でも、いざ告げられると

他人事のようで感情が追いつかない。

 

悲しみも、恐怖も、まだ来ない。

 

人生で初めて「死」を意識する

病気になったのに。

気持ちだけが置いていかれたような

そんな感覚でした。

 

あの日の私は、

泣くでもなく、叫ぶでもなく、

ただ、現実を仕事のように

処理していました。

 

たぶんそれは、

心が自分を守るための
最初の防御だったのだと思います。

 

 

次回は、
「病院選び」という

大きな決断について書きます。

 

限られた時間の中で、

何を基準に選んだのか。

 

そして置いてけぼりだった感情が、
少しずつ動き始めた時の事にも

触れていきますね。

 

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりのブログ更新となりましたあせる

 

「癌サバイバー」

 

最近、そんな言葉を知りました。

 

正直に言うと

自分が癌になるまでその意味をきちんと

考えたことはありませんでした。

 

 

治療を受けている人

治療を終えた人

まだ治療途中にいる人

癌を経験しながら生きているすべての人を

「サバイバー」と呼ぶのだそうです。

 

今日は少しだけ

大切なお話をさせて下さい。

 

実は昨年1月に乳癌が発覚し

約一年間治療に専念していました。

 

現在は軽めの抗がん剤治療を受けながら

日常を少しづつ取り戻している

途中にいます。

 

今年に入りやっと治療の目途が立ち

体調も落ち着いてきた事で

癌治療についての記録を残したいと

思うようになりました。

 

これまでアメブロでは

パーソナルスタイリストとして

サービスの発信をしてきました。

 

けれど突然「癌」と診断され

自分の人生が思いもよらない方向へ

進みました。

 

正直に言うとここで

癌の事を書くかどうか・・・

ずいぶん迷いました。

 

スタイリストの発信とは

関係ないのではないか・・・

そう思ったからです。

 

でも

治療中に私自身が何度も助けれれたのは

同じ治療をうけている方の情報でした。

とても個人的で、とても正直な体験談でした。

 

専門的な説明よりも

「その時、どんな気持ちだったか」

「日常はどう変わったのか」

「どんな食べ物が食べられたのか」

そんなありのままの言葉に

どれほど救われたか分かりません。

 

もし

これを読んでくださっている方の中に

同じ治療を受けている方や

これから治療を控えている方がいたら

完璧な情報ではなくても

誰か一人の体験として

私の記録が少しでも役に立つかもしれない

そんな思いで

このブログを書く事にしました。

 

ここに書くのは

前向きな話ばかりではありません。

 

弱音も、不安も、迷いも・・・

ありのまま綴っていくつもりです。

 

 

このブログは誰かを励ますためというより

「ひとりじゃない」と感じてもらうための

そんな場所になれば良いなぁ・・・

と思っています。

 

 

そして私自身が

今をちゃんと生きるための

大切な記録でもあります。

 

 

後日になりますが

癌と分かった日からのことを

少しずつ

時系列で書いていこうと思っています。

 

無理のないペースでアップする予定です。

 

 

必要な方に、必要なタイミングで

届けば嬉しいです。

 

そんな気持ちで癌発覚から現在までを

数回にわたって

綴って行きたいと思います。

 

 

最後に

 

これまでパーソナルスタイリストとして活動してきた私にとって

病気を経験した今、価値観も変わり

「整える」という意味が少し変わったように感じています。

 

外見(お洒落)は「頑張るためのもの」ではなく

自分を守り、労わるための一部でもある事を改めて実感しました。

 

 

このブログのどこかに

そんな想いにも触れながら綴って行きたいと思いますおねがい

 

 

次回、第一話は

「しこりに気づき病院へ・・・癌と診断された日」

 

 

 

 

 

 

 

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