(パダンの、旧日本軍のつくった砦に、なんと人が住んでいた。信じられますか)
アジアのへんぴなところへ行くと、驚き桃の木の連続。
その中でも、けっこう驚いたのが、この砲台だ。
その砲台は、パダンの岬にあり、もともと自然に小山というか、かなり高さのある岩山だった。
それを、当時の日本軍が、要塞に改良した。
ほんとうにうまく、自然を利用してつくられた要塞であり、インド洋を航行する船を監視できる。
高さがあるから、上で望遠鏡をのぞけば、けっこう遠くまで見えるのだ。
その要塞には、ちょうど外からはかくれる形で、巨大な大砲がそなえ付けられている。
この隠し砦ができた経緯については、くわしいことは分からない。
私たちが、慰霊と支援に向かったときは、かくし砦は、貧しい人たちの住環境になっていた。
昔日本人がつくった砦に、いまインドネシア人が住むという・・・
何だか不思議な気分です。
その砦をのぼる道は一本しかない。
その道は細い石だたみで、登りながら支援した。
どんどん民家から人がでてきて、衣服を受け取る。
こんなところまで来て、支援を行う人は、ほとんどいないに違いない。
みんな驚いて、そして喜んでくれた。
とちゅう、地元の警察官が来たが、かるく質問を受けた程度で、おとがめは何もなかった。
猛烈な暑さ。
支援しながら、道をだんだん登っていく。
道は、砲台のある要塞を、まわり込むように上に伸びている。
「暑いでしょう」
と誰かが、売り物の、冷えたミネラル・ウォーターをくれた。
ありがたくいただいた。渇いたのどに、新鮮な水がおいしかった。
電気が来ているか、来ていないかの住環境なのに、冷蔵庫で冷やしたミネラル・ウォーターというのは、ぜいたく品だ。
それをふるまわれたことに、受け入れられていることを感じた。
どんどん登っていくと、やがて砲台に出くわした。
(つづきます)

