(子どもとぬいぐるみ。ベスト・マッチングなショット。ジャカルタのスラムにて)
二年前、ジャカルタのことを、話していて、止まってた。
たぶん、つぎの活動に、アジアのどこかへ行っている間に、忘れたのだろう。
いやになるほどアバウトな性格だ、自分。
でもいいのさ、2年ぶりに話のつづきは、はじまるのだから。
ジャカルタの活動記録、①~⑤を、ムリに要約すると;
台湾経由でジャカルタに着いたテラの会。右も左も分からないまま、港の近くのスラムにむかう。そこがスラムというより、広大なの貧民の海だったことに、かなりショックを受ける。
その後、気をとりなおし、スラムのはしにあるホテルに泊まった。次の日、スラムに入って活動をする予定を立てたのだが・・・
要約終わり。
こうして話していると、だんだん思い出してきた。
あの日も暑かった。
ホテルの裏は、本当にすぐスラムになっていて。
高速道路が通っていて、その高架下に、住む家のない人たちが、段ボールや、木切れで家をつくって、暮らしていた。
ホームレスといえば、日本では、もうある程度年のいった人のイメージがある。
でもジャカルタは違う。赤ん坊もいるし、若い女の子もいる。
そういった事情を、あらかじめ予測して、いろいろな衣服をとりそろえて、日本から持参していた。
全て、日本の支援者の方たちから、寄付されたもの。
感謝、感謝。
さて。
ふう。
何から話せばいいのかしらん。
とりあえず飲むヨーグルトを一気のみした。これは現在の話ね。
朝10時ごろだったと思うけど、センセイと、大きなバッグを持って、よし! とばかりにホテルを出た。
といっても、ホテルの玄関を出て、脇道にはいるだけ。
そこには小さなどぶ川があったと思う。
そのどぶ川にそって、小さな商店が並んでいて、その小道を奥へいくと、鉄の扉があった。
その向こう側が、スラムというわけだ。
鉄の扉は、開け放してあった。
かんたんに中に入れた。
入るとき、門番の男に声をかけられた。
「あんたたち、どこへ行くんだ?」
「衣服を手渡しに行くんだ」
と大きなバッグを見せる。
「ああ・・・そうか」
何となく私たちのやりたいことが、わかったみたい。
門番は何もいわず通してくれた。
中に入り、どこへ行こうかと思う。
何しろ、どこまでもスラムは広がっている。
道は、泥でぬかるんでいた。
もちろん舗装なんてしてない。
歩きながら、センセイがこどもたちに、おもちゃや、ぬいぐるみを渡している。
わーっと嬉しそうな声をあげる、子どもたち。
その声を合図にしてなのか、人が集まってきた。
そんなに大騒ぎにはならない。
静かな興奮といったところ。
そのあたりは、イスラム教徒のコミュニティーがある。
朝と夕方、決まった時間にコーラン(イスラム経の経典)が詠唱される。
詠唱とは、つまりは、ふしをつけて歌うこと。
そのふしは、まさしく「い~しや~きいも~」と同じ。
あるいは、お相撲の、「ひぃが~しぃ~、きょ~くてェんほぉ~~~」という、アレそっくり。
それが、町内放送のスピーカーで、耳もわれんばかり、どでっかく流される。
ま、そんな場所です。
道々、ものを配りながら、歩いていると集合住宅の玄関があった。
よし、この中なら、きっと子どもがたくさんいるだろう、と当てをつけて、中に入った。
(つづく)
