慰霊を終え、センセイはホテルで休んだ。

暇を持て余した私は、島を散策することに。

散策といっても、道路は一本しかない。


ぼこぼこの道路を歩いていくと、顔見知りの家族に会った。

じつは夕べも、ほんの少しホテルから出てみたのだ。

そのときに、家に入れてくれた家族だった。



のびのびボランティア紀行


いちばん右のアフロな髪型のおばさんは、学校の先生。

皆すぐに仲良しになった。


その家族にあいさつして、さらに歩いた。

道は島の端まで続いていて、いちばん向こうには、ダイバーのためのホテルがある。


道沿いに、家が建っている。

以前書いたと思うが、海辺が比較的裕福な人の家。

丘の斜面が、そうではない人たちの住みかだ。


たくさん人が丘の斜面に座っていて、声をかけてくる。

ここでとつぜんチューク語講座。


■こんにちは→らーなーにむ

■こんばんは→ねぽんなにむ


あえてひらがなで書くのは、発音が少し鼻にかかったような、あくびみたいな音にきこえたからだ。


みんなにあいさつしながら歩いていくと、突然、16歳くらいの女の子が丘から降りてきた。


英語で何気ない会話を交わし、部屋を見せてください、と頼んだ。チュークの人がどんな家に住んでいるのか、見たかったからだ。


女の子は、丘の上の部屋に連れて行ってくれた。

粗末な掘っ立て小屋。屋根があるだけましという代物。

いったいどうやって食べていっているのか気になった。


「あなたの仕事はなんですか?」


女の子は、少し困ったような、質問の意味がわからない、という顔をした。


もう一度同じことをきいたが、全く通じなかった。

どうやら、チュークには、お金を稼ぐ仕事というのが、ないらしい。それが当たり前なので、いきなりきかれても、意味がわからないようだ。


そうする間に、12歳くらいに見える男の子が、いつの間にかそこにいた。女の子の弟だという。


彼はジュニオと名乗った。


島を案内する、とガイドを買って出た。

少しでもお金を稼ぎたいようだった。

あとで知ったことだが、ジュニオの父親は車椅子にのっていた。


ちょうど島のことをいろいろききたかったので、ガイドを頼むことにした。


その後、島の端で海に入った。

魚が全然逃げない。魚も人になれていない。


ジュニオは顔が広く、道行く人々を紹介してくれた。

親戚がたくさんいた。というか、皆親戚のようなものだった。


ウクレレが島唯一の娯楽ということも知った。

焚き火を囲みながら、ウクレレをまわし弾きしていた。

歌も、素朴で、とても似合っていた。


ジュニオは道であった年上の女の人に声をかけ、はにかんだ。


「きれいな人だ」


「好きなのか?」


「好きだ」


チュークの人は素直だ。好きなら好きとはっきり言う。

ジュニオは12歳に見えたが、じつは14歳だった。

なかなかどうしてませた少年だった。


ジュニオにガイド料として1ドル渡した。

渡しの鞄の中の10ドル札を指さして、

「これはなんだ」ときく。


どうやら、10ドル札を見たことがないようだ。


次の日もまた会おうと約束して、その日は別れた。

(つづく)