(ずっと以前までのあらすじ;テラの会の一行はカレン人の村に入った。その中では、想像だに出来ない風習や祭りが生きていた。子供服支援などを終えた我々は夜を待った。)


カレン村の夜は暗い。目の前に手をかざしても、見えないくらいだ。その闇の中にはあらゆる野獣がうごめく。私はカレン人のあいだに伝わっている、怪物「Z」の全貌を明らかにしたいと思った。


「Z」の話は極秘中の極秘である。本当はZではじまる名がついているのだが、その霊力を恐れて、誰もそうそう口にしない。私はここでは「Z」と呼ぶことにする。私をカレン人に引き合わせた小西氏は、Zについて、かつて調査したことがあった。だが、ほとんどの古老たちは、「また若いもんが妙な話を持ち出しおって」と相手にされなかった。


その夜は前年の収穫を精霊に感謝する儀式が行われた。村中の家々を長老連がまわり、酒を飲んでまじないのようなことをする。「Z」の話は、酒に酔っ払ったカレン人が、ふと気をゆるしてもらすものらしい。私はチャンスがあれば真実をきき出そうと気合を入れていた。


最後のしめの儀式をする家で待つこと一時間。村人たちは、噛み茶と薬草煙草をひっきりなしに呑んでいる。長老たちは村中をまわった後、その家に来る。成人男子しか入れない儀式である。すすめられて私も噛み茶をもらった。塩と一緒に茶葉の出がらしのようなものを噛む。これが、覚醒成分が入っているのだろう、ぎんぎん目が冴えてくるのだ。薬草煙草ももらった。自家製の煙草の葉と、何やら数種類の薬草を混ぜて、葉巻にして吸う。


噛み茶と薬草煙草、なぜかこれが中枢神経にきくのだ。覚醒しつつ、幻覚を見ているというと大げさかもしれないが、儀式のはじまる雰囲気がいやが応にも盛り上がって来た。


そこに、酒でかなりできあがっているらしい爺さんが表れた。私にしきりに話しかけてくる。彼は昔中国人村にいたらしく、中国語が出来るという。仮にチン爺さんとしておこう。チン爺さんは、何でも知っているらしい。英語も出来るといっている。これはチャンス到来と、「Z」についてきいてみた。


「うーん、あれは爺さんの、そのまた爺さんくらいの古い時代の話でな・・・」


思わず身を乗り出す私。だがそこに運悪くといおうか、長老たちが入ってきて儀式がはじまってしまった。チン爺さんはみんなの盛り上げ役で、酒のビンを抱えて人々に振る舞いはじめた。儀式自体は簡単なもので、それぞれ一杯ずつ酒を酌み交わし、手を合わせて祈るというものだった。


だが酒は一杯で終わらなかった。次々と酒がまわってきて、儀式なので飲まないわけに行かない。そのうち宴会のような雰囲気になった。チン爺さんは一回りして再び私のとなりに座った。ここぞとばかりにZの話の続きを促した。


「まあ、あれは人間によく似ておるが、人間じゃないもんで・・・」


それで、と唾を飲み込んだとき、センセイが乞われて舞いを舞い出した。そのとたん、チン爺さんも、小気味良しとばかりに踊り出した。またもやZの話は中断されて歯がゆい思いである。



※踊る先生とチン爺さん


チン爺さんの踊りは、ジャッキーチェンの「鶴の拳」みたいないんちきくさいもので、見ている方は笑いをこらえるのに必死だった。手を大きく広げ、尻を前後に振って、爺さんだということを感じさせない機敏な動きである。


踊り疲れた爺さんが座ったところを見計らって、またZについてきいた。めんどくさそうに爺さんは、やっと口を開いた。


「Zってのは、ようは関節がないんじゃ。だから、運悪くZに会ってしまったら、倒せばいいわけじゃ。関節がなくてまっすぐなもんで、奴は二度と立ち上がれない」


「てことはZは怖くないんですね?」


「いやいや、怖い。Zの大好物は、人間じゃ」


「てことは、Zに食べられた人もいるんですね?」


「ま、そういうことじゃて」


いったいZとは何者か、やっと真相が見えてきたところで、酒がまわってきました。実はこのチン爺さん、相当の酒乱だった。儀式のときにしか飲まない酒を、毎日飲んでいるという。爺さんは私に酒の注がれたおちょこを渡し、飲めという。飲まなければ先の話は教えんということで、私はすでに酔っ払っていたのだが、無理して飲み干した。爺さんは自分の酒もぐいっと飲み、うつろな目になった。


「Zは人間を食うんですね」


「それだけなら話はわかりやすいんだがな・・・」


まだ他に何があるのか、何がわかりにくいのか、私は勢いこんできいた。チン爺さんはまあ落ち着け、と手で制し、若いときには何でも世の中のことを知りたいもんだからな、と遠い目をした。


手から手に酒がまわってきて、どんどん酔いがまわり、視界にもやがかかってきた。カレンの村にいることさえ定かでなくなってきて、それでもしつこくZってのは何なのか、チン爺さんにからんだ。私も、相当酔っていた。


「まあ・・・ Zってのは・・・ 食べ物みたいなもんで・・・」

「食べ物?」

「つまり、人間もZを食うわけじゃ」

「え? 人間もZを食う?」

「そのとおり。しかもおいしいんじゃ」

「何と。おいしい」

「Zがおいしいもんで、仕事もせんとZばっかりつかまえて食う不届き者もおったくらいじゃ。それが今Zが激減しておる理由じゃわい」


Zをつかまえるにはどうしたらいいか、どこに行けばZを見れるのか、私は矢継ぎ早にきいた。


「まあ、それはその、わしの秘密の竹林に入れば、ことによると・・・」


チン爺さんは、もう舌のろれつがまわらなくなっていた。是非Zをつかまえに連れて行って欲しいと頼んだ。カレンの村ではZはもう見られなくなって久しいという。だがチン爺さんしか知らない竹林があり、そこには今でもいる可能性があるのだ。


「・・・むにゃむにゃ、お前さんにゃ早いよ、何しろZは、むにゃ、ものすごい美人で」


チン爺さんは酔いがまわり、とうとうその場に大の字になっていびきをかきはじめた。儀式は終わり、皆の衆は三々五々帰り仕度をはじめた。私もZのことをききたくて、後ろ髪をひかれる思いだったが、その場を立ち去るより他なかった。


後日、何度かZについてチン爺さんにきこうとしたが、その時は素面で全くとりあってくれなかった。


ずっと後にきいた話しだが、チン爺さんは家庭に問題を抱えていて、奥さんに暴力をふるったあげく家族が皆出て行ってしまった。その一週間後チン爺さんは農薬を飲んで死んでしまった。


こうして、もう二度と、怪物「Z」を発見する機会は、永遠になくなってしまった。