(前回のあらすじ)カレン人の村へ出発した我々。カレン人の妻を持つ日本人の案内で、とうとう村へ入ることに。


霧深い山々の谷に、その村はあった。

ひっそりと静まり返り、人の姿はない。

村と外界のさかいには川がある。

その川にかかる一本の橋だけが、村へ入る道だ。


ほどなく、今夜お世話になる家に着いた。

歴史の教科書でみるような高床式の家だ。

にわとりが走り回っている。

裏庭には豚がいる。




電気は通っているが、水は山の川からひいている。

村に入ったとき、身体の感覚に変化があった。

チェンマイ市内と、時間の流れ方が違う。

なにか次元を移動したようである。


その村は他の少数民族の村とも雰囲気が異なるらしい。

外部の人はめったに入ってこない。

貧困から麻薬の売買に手を染める少数民も多い。

しかしその村はいっさいそういうことをしない。


いまこのブログを書きつつ思ったことがある。

村には賞味一日ぐらいしかいなかった。

それなのに、三日はいた気がする。

なぜだろう・・・


ともかく私たちは動きやすい格好に着替え、家にお邪魔した。

家長のお父さんがお酒をすすめてくれる。

ポリタンクに入っているが、純米酒だ。

色は澄んでいた。


じつはこのお酒、つくるのに秘密がある。

それはカレン人の習わしだという。

ご存知の通り、お酒は麹から出来ている。

その麹を触ることが出来るのは、結婚前の女性だけだ。

カレン人は婚前交渉を厳しく禁じている。

つまり処女しかお酒をつくれない、ということだ。


なぜか。それはわからない。

かつて日本にも似たような風習があったらしい。

神様に供える酒の麹は、巫女さんが口で噛んだものだった。

巫女さんは、古くは処女しかなれなかった。

むろん今はアルバイトの巫女さんが多いので、処女率は下がっているだろうが。


カレン人の儀式では、後に述べるが、酒がともなう。

酒はふだんから飲むものではない。

なにか処女を神聖視する信仰が残っているようである。


このように酒一つとっても、興味深い。

そのあたりに置いてある農機具一つでも、文化的価値がある。

いってみれば、日本の弥生文化博物館に、人が住んでいる。

日本の弥生時代に電気が通っていたらこうなっただろう。


高床式の家屋の中で飲む酒は格別おいしかった。

もっと研究して飲みやすくしたら、売り物になるかもしれない。

その銘柄はもちろん、『乙女』で決まりだ。