バリア(障壁)~29
ゴールデンウィークの疲労がやっととれたようです、連載を再開いたします。
随分と間が空いてしまいました・・・
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私は心に刺さったままの棘をそっと抜き取るように、奈穂子との2年半を百合子に話し始めた。
今まで、親友にも話さなかった少年の頃の浄化出来ていない想いを。
少しずつ、ウイスキーを飲みながら彼女に打ち明けていった。
途中、まわりくどい話し方にもなって随分と長いこと話してしまったが、それでも私から視線を外すことなく彼女は耳を傾けてくれた。
「・・・ほっちゃん、若いのに辛い恋してたんだね」
百合子は煙草に火を付けながら言った。
「そんな終わり方したら宙ぶらりんになっちゃうよね」
彼女はすっかり空になってしまったウイスキーボトルをカウンターに置き、新しいボトルの栓を開けながら言葉を続けた。
「まあ、過去の出来事だと思うようにはしてますけど」
「時間・・・ね」
香織は私の向かいのソファで静かに寝息をたてている。
店内もカラオケから有線放送に切り替えていて、スローテンポなジャズが流れているので落ち着く。
時計が無いので時間は分からないが、今夜はそんなこと気にしなくていい。
「その奈穂子さんは今何しているの?」
「いや、それから誰も居所を知らないんです」
「会いたい?」
「・・会ってみないと分かりません。 感情が昂るのかそれとも無関心なのか。 でも、ひとつだけ分かるのは・・・・以前の気持ちにはもう戻らないということです」
百合子は手元にある焼酎の梅割りを飲み干して頷いた。
表情からは「そうだよね」と言っているように見えた。
「次は私の番ね」
彼女は自分に言い聞かせるように店の椅子に座りなおした。
「まず、どこから話そうかな・・」
そう言ってから、彼女は嫁いだ先の夫のことから語り始めた。
以前に香織から大体のことは聞いていたので知ってはいたが、当人からの話はもっとリアリティがあり、重みがあった。
地方の湯元街の地主であった彼女の夫は手広くビジネスを手掛けていた。
周辺の焼肉店、パチンコ店は全て彼の店であり収益もかなりのものだったらしい。
店のために殆ど家に帰らぬ夫を最初は全く疑うことなく3人の娘を育てていたが、ある日、従業員から耳打ちされる。「社長、最近怪しいですよ。一度興信所にでも依頼して調べてもらいなさい」と。
結果は何人もの愛人関係、多大な借金。
夫に問いただすと一切家に金を入れなくなったそうだ。
同居する姑に相談するとあたかも嫁が悪いと言わんばかりで、我慢できずに娘と共に家を出たそうだ。
「それでこっちに帰ってきたのよ」
百合子は煙草に火をつけるとふうっと吹かしながら宙を見つめた。
「そこで大切な人に出逢ってね」
私は言葉を遮るようにして返した。
「塚田さんですね」
「そう、気付いてたのね」
「いつだったか、深夜に事務所の裏口から貴方が入っていくのを見ました。そうとしか受け取れない感じで」
「あの時はどうしても逢いたくてね・・でも何もないから」
「朝まで出てこなくても?」
「そう、あの人はアタシに指一本触れようとはしなかったわ」
「片想い?」
「今はそうなっちゃってるのかもね・・」
「・・・」
私は彼女が言葉を選んでいるのを感じて、待った。
「相手には奥さんがいるもの・・星矢君も。 だめだって思っているけどどうにもならないの」
「でも、愛人関係・・」
「愛人じゃないわ。 一度だけ抱かれてしまっただけ。 こんな気持ちになるなら抱かれなければ良かった」
百合子はそう言うと口をつぐんだ。
ああ、この人も心が宙ぶらりんになっているんだ。
私は言葉が思いつかず途方に暮れた。
その時、私はなぜかそっと彼女に近づき
うっすらと暖かみがある頬にそっと口づけをした。
私の鼻とくちびるが、彼女の泪の雫で濡れた。
なぜそんなことをしてしまったのかは分からない。
でもそうしたかった。
次回へ続く・・・