バリア(障壁)~25
「ふうん、そうなんだ。 だから一ヶ月近くも来なかったの?」
香織は疑い深そうな眼差しを私に向けながらそう訊いてきた。
「うん、とにかく集中したくってさ・・」
「じゃ、このレースが終わったらまたいつもどおりに来る?」
「行くよ。 当たり前じゃん。 今日勝ったら祝勝会で使わせてもらおうかな」
私は、香織に背を向けた状態でバイクのボディに付いた微かな汚れを拭き取りながらそう答えた。
レースに集中したい。それは本当。 しかし、彼女たちの存在に囚われかけている自分は否定できない。
目の前に、一生に関わることと一時だけかもしれないこと。しかし、ふたつの大切なこと。
どちらを優先しなくてはいけないのかは明白なのに、つい一ヶ月前まで私は・・・
私は結局、レースへの願掛け半分と自分への戒め半分で、あれから一ヶ月間お店に通うことを自分に禁じたのだった。 しかし私は会話の最中に、こともあろうかサーキットのパドックは終日禁煙なのにも関わらず煙草に火をつけてしまっていた。
「そういえば、この前部屋まで来てくれてありがとう。 あれ、うまかったよ」
「何のこと? 克哉君のとこ私まだ行ったことないけど」
そう言うと香織はポケットから白い紙切れを出して私にそっと渡してきた。
さりげなく周囲を見渡してから見ると、そこには電話番号らしきものが書いてあった。
「今日応援してるから。 またあとでね」
彼女はそう言って私のバイクにそっと手を添えると、何事も無かったかのように家族の輪に戻った。
百合子ママや姉妹は他のバイクや機材に気をとられてこちらには気付いていない。
塚田社長と星矢はまだ何か言い合いをしている。
香織からもらった紙切れをもう一度そっと見ると、そこには「090-XXXX-XXXX 香織」と記されていた。
次回へ続く・・・
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