昨年11月、山口県で2カ月の赤ちゃんが亡くなられ、裁判になりました。
それをきっかけに、ホメオパシー療法という言葉が、マスコミでよく取り上げられるようになりました。
助産師がホメオパシー療法として、ビタミンKの代わりに特殊な錠剤(レメディー)を投与したため、ビタミンK欠乏性出血症で赤ちゃんが亡くなったと、母親が提訴しています。
赤ちゃんとご遺族は、ほんとうにお気の毒です。お悔やみ申し上げます。
助産師も、赤ちゃんを助けようとしてしたことと思いますが、過誤の可能性を否定できません。
裁判の行方に注目したいです。
なお、この裁判で言われているホメオパシー療法は、本来のホメオパシー療法とは別のものではないかと推測します。
ホメオパシー療法をやっているわけでも、擁護するわけでもありませんが、健康に関する重要テーマなので、がんばって解説してみます。
この辺の説明は少し長くなりますから、興味のない人は、他のブログに行ってくださーい。(ツァイチェン)
もともと、医学の世界には、大きく分ければ「ホメオパシー」と「アロパシー」という、2つの立場があります。
ホメオパシーは、同種療法とか、同毒療法と訳されるようです。
アロパシーは、対症療法とか、逆症療法と訳されます。
対症療法ぐらいなら皆さんも、耳にされたことはあるのではないでしょうか。
日本の医学会は、おおむねアロパシーの立場で、薬で症状を抑えようとか、取り除こうとかする姿勢です。
熱が出れば解熱剤、下痢をしたら下痢止め、菌が感染したら抗生物質といった対応です。
一方、ホメオパシーの立場では、多少の熱や下痢などの症状は、体が出している反応だとして捉えます。
時には、保温したり、排便を促したりして、症状を促進するようなこともあるようです。
自然治癒力を発揮させて、病気を治そうという考えです。
インフルエンザやポリオのワクチンなどの予防接種も、ホメオパシーの一種です。
アレルゲンをわずかに摂取して、少しずつアレルギーを出にくくさせる脱感作療法も、ホメオパシーの一種です。
少しの毒、あるいは少しの菌が、薬になることもあるのです。
しかし、今回の件では、原因がビタミンK欠乏なら、毒や病原菌ではありませんから、ホメオパシーではそもそも処方が組み立てられなかったはずです。
レメディーに頼りすぎたか、盲信しすぎたか・・・・・・
これは、ホメオパシー療法とはいうより、レメディーを投与すれば治るという、レメディー療法だったのではないでしょうか。
助産師がホメオパシー療法と称していたので、今回の件は、ホメオパシーを嫌う人の格好の標的となってしまいました。
「ホメオパシー療法には効果がない」といった宣伝の材料になってしまったのです。
ホメオパシーは、ドイツ、イギリス、アメリカ、フランス、インドなどで盛んだといわれています。
私は日本で、ホメオパシーの立場の病院や医院を見かけたことがないのですが、皆さんの周りではいかがですか?
日本は、アロパシーに偏りすぎではないでしょうか。
たとえば、抗生物質の使いすぎ。
どんどん抗生物質が効かない耐性菌が増えてきて、抵抗力のない患者さんが院内感染で亡くなっています。
たとえば、向精神薬の濫用。
救急で搬送される人が増えているといいます。
薬で、症状を押さえ込もうとするだけでは、限界があるのです。
ステロイドもそうです。使いすぎると、副作用が出てきます。
だからといって、私は抗生物質やステロイドの効果を否定するつもりはありません。
命に危険があるときや重症のときには、非常に有効な薬です。
セミナーなどでは、こんなことをよくお話ししています。
「アロパシーとホメオパシーを使い分けて、あるいは、医療と健康法を使い分けて、より健康になりましょう。
たとえば、ぜんそくの発作やアナフィラキシーショックのときに、「絶対ステロイドは使いません」なんて言っていたら命を落としてしまいます。
しかし、アトピーなどで、それほどひどくない状態なのにステロイドが処方されているケースも目にします。ホメオパシーや健康法で対応できそうなのに、ストロングのステロイドやプロトピックを使うのが、健康によいでしょうか。
たとえば、風邪で熱があるとき、大した熱でもないのに解熱剤を使うと、かえって長引くことがあります。
しかし、ものすごい熱があるのに、「解熱剤を使わない」というのも疑問です。体温調節中枢や耳をやられたりします。
いろんな例がありますが、アロパシーかホメオパシーか、どっちが正しいとか、間違っているとか、そういう議論をするのは無駄です。
どちらも正しいですし、どちらにも限界があります。そして、どちらも必要です。
アロパシーとホメオパシーを、正しく使い分けるというのが、ベストな方法ではないでしょうか」
ちなみに民主党は、西洋医学に代替療法を取り入れた統合医療の推進を政策に掲げているそうです。
今回の件で、その政策が後退しないことを祈ります。