アメリカ・教員評価政策によって起きる、先生の離職・補充によって生徒の学力状況にどのような影響が及ぼされるか?について調べた研究レポートについて。

 

Does Using High-stakes Tests to Fire Teachers Improve Student Outcomes?

 

Teacher Turnover, Teacher Quality and Student Achievement in DCPS

 

今日は前々回お伝えした、学力テストを用いた教員評価の影響に関してきっちり行われた研究論文(二つ目のリンク先)を紹介します。

 

前回のブログで学力テストを用いた教員評価政策の一般的な批判・誤解について説明しました。事の是非はともかく、そういった批判を学術的に検証し、巷の批判は的を得ているのか?について、考えてみたいと思います。

 

テーマは、学力テストを用いた教育政策によって、先生の離職・新たな教員の補充によって、生徒の学力状況に悪影響を及ぼすのか?についてです。

 

<背景知識:教員に関する政策>

 

英語で言う、Improve teacher effectiveness、つまり生徒の学力向上を目指した教員の効果を上げること(つまり教員の質向上)、これがアメリカの教員に対する教育政策の最重要課題になっている昨今。

 

この教員の質向上に関する政策は主に二点に分かれ、

 

Improving the performances of existing teachers

(今勤務している教員のパフォーマンスを上げる)

 

Altering the composition of teachers

(教員の(離職・新教員の雇用・補充等を含む)配置転換を行う)

 

の二点(要は既にいる教員の質上げるか、新しく外から連れてくるか?ってことです)。今日は教員評価制度によって生じる教職員の離職・新教員の補充等の生徒の学力への影響なので、2番目に関して行った研究です。

 

実は単なるTurnover(教員の離職)だけなら既にいくつかの研究結果が行われていて、

 

ニューヨーク市(New York City)学区を対象とした研究では、数学、英語ともに教員の離職によって生徒のパフォーマンスが下がる、という結果が出ていて、これは

 

教員の配置転換を適切・効果的にに行わなければ、生徒の学力低下を招く

 

ということを意味し、また

 

Retention of effective teachers(優秀な教員を保持・キープする)

 

ということもまた重要ですが、この優秀な教員を保持する政策についてはあまり注目されていないのです。今回紹介している論文によると、

 

ーHigh-performing teachers received little encouragement from their principals to remain at their current school 

(パフォーマンスの高い教員でも、校長先生から学校に留まってほしいとの激賞を受けることがほとんどない)

 

さらに、

 

There is only limited evidence that financial incentives make a difference in retaining teachers 

(金銭的イニシアティブによって教員をとどまらせることができることを裏付ける証拠はほんの僅かに限られる)

 

つまり、パフォーマンスの低い教員を解雇する政策が注目される一方、逆にパフォーマンスの高い先生を留まらせる処置や政策、それに関わる研究等はあまり進んでいません

 

<ワシントンDCの教員評価>

 

今回の研究論文はワシントンDC地区で行われた教員評価のデータを使っているため、DC地区での教員評価の状況・背景知識についても紹介されています。

 

ワシントンDC地区は、IMPACTと呼ばれる評価システムを2009−10年度に採用。全ての教員を複数の観点(例:他の教員、校長先生による参観、学生のテストスコアーなど)から評価し、その評価結果が悪かった教員の解雇、良かった教員へのボーナス支給といったインセンティブ、さらに評価結果&教員からのフィードバック等を基に教員へのサポート等の支援を行う・・・など様々な政策・サポート等を伴う教員評価システムを行っています。

 

IMPACTの教員評価システムでは、5つの観点から合計100−400点の範囲内で評価が行われ、

 

100−174点ーIneffective

175−249点ーMinimally effective

250−349点ーEffective

350−400点ーHighly effective

 

の4段階の評価結果が下されます。High effectiveの結果を受けた教員には、最大25000ドル(約250万円)のボーナス支給、給料最大27000ドル(約270万円)の昇給など、かなり思い切った政策内容です。

 

他方、Effectiveの評価の教員には何も支給・処分がない分、Minimally effectiveの教員はその結果を受けた年度の給料の昇給はなし、二年連続でこのMini....Effectiveなら解雇なる処分。一番低い評価であるIneffectiveは解雇なるかなり厳しい処分です。

 

ちなみに、このDC地区の教員のAttirtion(削減・・・ですが、要は辞めて行った率)は18%。紹介した論文によると、18の都市部学区の平均が13%(8%から17%の範囲内)であることを考えると、DC学区の率、平均より高いことが分かります。

 

この18%、内訳を見ると、Low-performing(パフォーマンスの低い)先生の内46%が辞めるというレベルで、これはHigh-performing(パフォーマンスの高い)先生の3倍以上なので、やはり結果出せてない先生ほどよく辞める傾向はあるのは事実みたいです。

 

***

今日のブログでパフォーマンスの高い・低いはこのIMPACTと呼ばれる評価システム結果によるものであることを考慮し、書きのリサーチ結果等をお読み下さい。

***

 

<リサーチ内容&結果>

 

今回のリサーチ。2009−10年度から2012−13年度の、DC地区5万6千人以上の小学4年生から8年生のデータを使用しています。

 

他方、教員のデータも2009−10年度から2012−13年度に勤務した約1900人分のデータを使用、とかなり大掛かりなリサーチです。細かいリサーチプロセスは長くなるので大まかな概略を述べると、

 

(研究目的)

教員のTurnover(離職)で学力が上がるのか?

(離職者が多いと、学力低下を招くのでは?)

 

(研究結果)

ー教員の離職で生徒の学力向上につながる先生の質は(英語、数学両方の科目でリサーチした限り)向上。

 

ー貧困レベルの高い学校の教員の離職40%はパフォーマンスの低い教員(DC地区において、パフォーマンスの低い教員の離職は貧困レベルの高い地域に集中していた)。

 

ー貧困レベルの高い学校で、パフォーマンスの低い教員の離職による教員の質向上、そして生徒の学力向上が一番高かった。

 

ー教員の離職による教員の質向上・生徒の学力向上は、リサーチを行った2010年から2013年にかけて、年々良くなった。

 

ー教員の離職による生徒の学力向上は、とりわけパフォーマンスの低い教員が離職し、パフォーマンスの高い教員による補充がなされた場合、その効果は大きい(当たり前ですが、これをリサーチできっちり証明し、立証するのが研究目的でもあります)。

 

ー他方、パフォーマンスの高い教員の離職による逆効果、つまり生徒の学力低下、先生の質低下を招く結果(これまた予想通り)が分かり、2012年の数学、2011年の英語のスコアーにおいてそういった結果が発見される。

 

(研究要旨)

ーパフォーマンスの高い教員が辞めると、一般的に同じようなパフォーマンスの高い先生で補充される訳ではなく、パフォーマンスがやや劣る教員で補充されることとなり、そうなると生徒の学力がそれほど上がらない。

 

ー教員の離職で生徒の学力アップにつながるか?というと、概してパフォーマンスの低い先生が辞めればそうなるが、パフォーマンスの高い先生が辞めると逆の結果を生む。

 

<研究要旨&今後の課題>

 

研究結果から分かったことを改めてまとめると、

 

一般的には多数の教員の離職(Turnover)が起こると、学力低下といった悪影響がでる傾向があるが、ワシントンDC地区の場合、離職者の多くが、パフォーマンスの低い教員であることが多いため、生徒の学力低下を招くどころか、(ある一定の条件が満たされる限り)むしろ学力向上が起こる、ということがリサーチで発見されました。

 

”ある一定の条件”とは、お伝えした通り、パフォーマンスの高い教員が離職した場合、同じ様にパフォーマンスの高い教員を補充するのは事実上難しいため、パフォーマンスの低い教員が離職し、パフォーマンスがやや劣るとはいえ低くはない教員で補充した場合・・・です。

 

ワシントンDC地区の場合、貧困レベルが非常に高い地域があり、そんな地域ほどパフォーマンスの低い教員の離職率が高いため、貧困レベルの高い教員のパフォーマンス向上、又はパフォーマンスの高い教員をそういった地域へ積極的に配置する、という対策が必要です。

 

さらにいうと、補充するのに必要なより多くの教員採用が求められる、という新たな政策が必須となります

 

最後に今後の課題を列挙すると、

 

1.パフォーマンスの低い教員に(ある意味とっとと)離職してもらい、フォーマンスの悪くない教員を補充するより円滑的な政策が必要

 

2.逆に、パフォーマンスの高い教員を離職させない政策も必要

 

とまー、今回のリサーチでこのようなことがワシントンDC地区において言えることができます。

 

<総論>

 

今日のリサーチ、なかなか興味深い、内容の濃い、情報盛り沢山の研究でした。IMPACTと呼ばれる教員評価が正しいという前提でいうと、パフォーマンスの低い教員には離職させ、高い教員は保持する、これがある意味一定の効果がある、ということが分かり、リサーチャーの端くれとしてこんな研究俺もやってみたい・・・と思っちゃいました。