“7月に78歳の誕生日を家族から祝ってもらい、元気な今をありがたく思う。誕生日は、母への深い感謝の日でもある。私は7人きょうだいの末っ子。戦後間もない時代、小柄な母が、41歳の時に産んでくれた。
 私が生まれた頃の様子を聞いてみたかったが、母は28年前に他界した。わが家は米や野菜、茶の栽培、林業、養蚕を手がけ、家畜もいて忙しかった。厳格なしゅうとめに明治生まれの夫、そして姉、兄たちの大家族。そんな中、高齢出産で私を産み育てるのは大変だったと想像する。
 そんな母への感謝の念は、年を重ねるごとに深まる。長生きすることが、今になってできる親孝行だろう。この先も自分の誕生日は母への感謝の日と決め、―回でも多く迎えたい。天国の母、ありがとう。”(8月24日付け中日新聞)

 愛知県一宮市の神戸さん(男・78)の投稿文です。「誕生日は母への感謝の日」、納得できる言葉である。成長を祝って貰うのは若い時の話である。ボクは先日81歳の誕生日を迎えた。長生きである。長生きにはいろいろな理由があるとは思うが、このように丈夫な体に産んでくれた母のお陰は大きい。我々の年代は戦前、戦中、戦後の大変な時代に育った。子どもを育てるのは並大抵なことではなかったと思う。神戸さんの家ではないが親が絶大な力を持っていた。若いお嫁さんの苦労は、今では想像を絶するであろう。ボクらはもう祝って貰う歳ではない。親があって、先祖があって今のボクがある。今があることすべてが感謝である。