“店先にはたくさんの種芋が並んでいた。一宮市篭屋でメダカ店を営む山田享司さん(76)は、この春ジャガイモを植える。「収穫するまで、どうしても生きててもらわなきゃ困るんです」。妻の聖香さん(77)のことだ。
 一目ぼれした日からあっという聞の50年。「出会えてよかった」「愛してるよ」。享司さんの口からはこそばゆくなる言葉の数々があふれる。聖香さんは「愛のバーゲンセール中なの」と照れ笑い。「今が一番幸せ」と話す聖香さんは、がんで余命宣告を受けた。「今は思い出をつくってください」。医師にはそう言われた。妻がただかわいそうで、健康に良いと聞くとなんでも食べさせてあげたくなる。黒ニンニク、ハッサク。でも「病気になる前に食べてもらうべきだった」と肩を落とす。
 「僕にはまだ夢がある。見届けてもらわなきゃ」。すっかり涙もろくなった享司さんは、くしゃくしゃにした笑顔で愛妻を見つめた。後に、ジャガイモの花言葉は「慈愛」と知った。”(4月16日付け中日新聞)

 「モーニング」と言う記事欄からです。愛妻の死を前に、悩み、頑張る人の話です。ジャガイモを植えた、収穫するまで生きていてもらわなくては困る、と言われる。ジャガイモの成長は早い。4ヶ月もすると食べられる。そんなに差し迫っているのか。愛の言葉のバーゲンセール中と、奥さんは照れ笑いされている。こんな期間である、ご主人にしてみれば何でもありだろう。何でもしたいだろう。多分ボクでもそう思うだろう。
 先日ボクの近くの人が59歳で亡くなった。ガンと分かって3ヶ月ほどだったらしい。ボクは1月下旬に彼と話したのが最後となった。また先日、いつも骨強度を計ってくれる人が65歳で急逝されたことを聞かされた。夜中に床の中で亡くなった、と聞いた。人生100年時代という。本当に元気で長生きな人も多い。この違いは何であろう。健康に気を付けていればいい、ということでは説明できない。人の命は人知が及ばぬところがある。本人は自分で生きているつもりかもしれないが、まさに生かされているのである。だから思いがけないこと、突然のこともありうる。感謝しながら毎日を大切に過ごす、ボクにはそれしかできない。