メキシコの名門蒸留所が手掛けるエラドゥーラ(Herradura)とエル・ヒマドール(El Jimador)。この2つのブランドは、それぞれ異なる製造方法を採用しており、独自の味わいを持っています。
さらに、エル・ヒマドールの誕生には特別な背景があります。改めて、蒸留所を訪問して教えていただいたその特徴と由来を詳しく見ていきましょう。
エル・ヒマドール誕生の背景
1994年、エラドゥーラのオーナーたちはある問題に気づきました。それは、忠実に働く従業員たちが自分たちの製造するテキーラを飲めないという事実でした。エラドゥーラは高品質なプレミアムテキーラとして知られていますが、その価格は従業員にとって手の届かないものでした。
そこで、オーナーたちは従業員の給与を引き上げるだけでなく、「彼らが手軽に楽しめる100%アガベのテキーラを作ろう」と決意。効率的な製造方法を採用し、1995年にエル・ヒマドールが誕生しました。ブランド名の「ヒマドール(Jimador)」は、アガベの収穫職人に敬意を表したものです。
ちなみに、Herradura(エラドゥーラ)の名前の由来は知っていますか?
1870年、オーレリオ・ロペスという人物が「馬蹄」を幸運の象徴として利用し、これを逆さにしてテキーラのボトルに取り入れました。
理由は、「馬蹄を逆さにすることで、幸運をボトルの中に引き込む」というものでした。
地元のカンティーナ(酒場)でこのストーリーを語ったところ、地元の人々が「馬蹄のテキーラが欲しい」と呼ぶようになり、この製品を「Herradura(エラドゥーラ)」と命名しました。
《加熱工程の違い》
エラドゥーラ: 伝統的な「マンポステリア」
マンポステリア(Mampostería)とは
粘土レンガ製のオーブンで、ピニャ(アガベの球形部)を3日間かけてじっくり加熱する方法です。
特徴
アガベの天然糖分がキャラメル化し、深い甘みと複雑な香りを引き出します。
手間と時間がかかりますが、豊かな風味と奥行きを生み出します。
エル・ヒマドール: 効率的な「ディフューザー」
ディフューザー(Diffuser)とは
ピニャを加熱せず粉砕し、繊維を高温高圧の水で処理して糖分を抽出する方法です。
特徴
短時間で大量のアガベを処理可能。
アガベの糖分を100%活用し、最大限引き出すことができます。
《蒸留工程の違い》
エラドゥーラ: 伝統的な「単式蒸留」
単式蒸留とは
鍋型のポットスチル(単式蒸留器)を使用し、一度に限られた量をじっくりと蒸留する方法。
特徴
風味を細かく調整でき、複雑でリッチな味わいを実現します。
エル・ヒマドール: 効率的な「連続式蒸留」
連続式蒸留とは
蒸留を連続的に行う装置を使用し、大量生産に適した方法です。
特徴
一貫した品質で安定した生産が可能。フレッシュで軽やかな味わいが特徴で、カジュアルなテキーラに最適です。
エラドゥーラは、伝統と職人技を重んじたクラフト感あふれるプレミアムテキーラ。特別なひとときや贈り物としても最適です。
一方、エル・ヒマドールは、効率的な製造工程によって高品質ながら手軽な価格を実現。日常のカジュアルなシーンにぴったりのテキーラです。
今回訪れたテキーラの樽倉庫に並んだ樽はアメリカンホワイトオーク製。元々はウイスキー用に使われていたもので、ジャック・ダニエルズやオールド・フォレスターなどの樽を再利用し、テキーラの豊かな風味を生み出します。
テキーラ熟成のルール
テキーラはそれぞれ決められた期間、樽の中で熟成されます。
レポサド: 最低2カ月
アニェホ: 最低1年
エクストラアニェホ: 最低3年
この間、樽は一切自由に開けることはできません。もし途中で開けてしまうと、そのテキーラは本来のカテゴリーとして認められなくなるのです。
ちなみに、樽熟成中、液体は自然蒸発し、毎年およそ11~12%も失われてしまいます。これを「エンジェルズシェア(天使の分け前)」と呼ぶのですが、4年1カ月熟成させる「セレクション・スプレマ」では、200リットル中40%以上が消えてしまうとか。長期熟成の希少価値が、ここからも感じ取れます。
小型樽へのこだわりと独自のプログラム
レポサドは、大きなタンクで木材をかぶせて熟成することも規定上は可能ですが、この倉庫ではあえて小ぶりな200リットル樽を採用。木との密接なやりとりが、テキーラにより繊細な風味を生むのです。また、アニェホは最大600リットルの樽と決まっています。
さらにユニークなのが「ダブルバレルプログラム」。顧客が樽を選び、11カ月使った後、新樽に移し替えて1カ月追加熟成。計12カ月ですが、途中で樽を開けたため、カテゴリーはあくまで「レポサド」として扱われます。この特別プログラムでは、個性あふれる一本が誕生し、飲み手は他にはない体験を味わえるのです。
樽ごとに木の出自や特性が異なるため、それぞれが異なる風味をもたらします。通常はリポサドやエル・ヒマドールの製品ラインでは、複数の樽をブレンドして均一な味わいを保ちます。しかし、カスタマイズされた特別なテキーラはあえてブレンドせず、樽ごとの個性をそのまま楽しませる――そんな粋な計らいも。
自然まかせの環境づくり
倉庫内は湿度60%を維持するために上から霧を散水しますが、温度は人為的にコントロールしません。この自然に任せた環境こそが、テキーラに独特の“熟成の物語”を刻み込んでいるように感じられます。
樽が紡ぎ出すテキーラの世界は、単に「熟成期間」の数字だけでは語れない豊かな広がりをもっています。今回の訪問は、その背後にある微細なこだわりや伝統を垣間見る、貴重な体験となりました。
エラドゥーラとエル・ヒマドール、どちらもアガベへの情熱とメキシコ文化への敬意が込められたテキーラブランドです。
ぜひ両者を飲み比べて、その違いと魅力をお楽しみください!