人間ドックの腹部エコーで「5mm大の膵嚢胞疑い」と言われてから、精密検査の結果を聞くまで、2か月半ほどかかりました。
その日、医師から聞いたのは、「見当たりません」でした。
うれしいはずの言葉でした。でも、気持ちのほうは、そこで終わりませんでした。今日は、そのあとの話です。
「消えた」ではなく、「見当たらない」
正確に言うと、私の嚢胞は「消えた」わけではありません。精密検査では、見つからなかったのです。
超音波内視鏡(EUS)は、喉の麻酔のあと、鎮静剤を静脈から入れて受けました。意識が遠くなっていくその先で、先生たちが、エコーで見えたものは別のものの影だったのだろう、というような会話をしているのが、切れ切れに聞こえていました。
あとで調べて知ったのですが、「膵嚢胞が消えた」と言われる場面には、少なくとも3つの違うことが混ざっているようです。
・はじめから嚢胞ではなかった。 腹部エコーは、体の外から音を当てて見る検査です。膵臓は胃や腸の後ろにあって、ガスや血管が重なると、そこに何かがあるように見えることがあります。
・検査の種類によって、見えたり見えなかったりする。 小さなものは腹部エコーでは捉えにくく、MRCPや超音波内視鏡でようやく見える、ということがあります。逆のことも起こります。
・本当に小さくなった、なくなった。 炎症のあとにできた嚢胞のように、時間とともに縮むものがあります。
私はたぶん、最初のものでした。でも、それを言えるのは主治医だけで、私にはいまも、正確なところは分かりません。そして、検索でこの記事にたどり着いた方の嚢胞がどれなのかは、私にはもっと分かりません。それは、画像を見た医師に聞くことです。
見つからなかったあとも、不安は残った
「見当たりません」と言われたあと、私はしばらく、ほっとしたような、しきれないような気持ちで過ごしました。
エコーで見えたものは何だったのか。次に人間ドックを受けたら、また映るのではないか。かといって、自分からもう一度検査を受けに行く気にもなれない。宙ぶらりんのまま、1年待ちました。
翌年の人間ドックで、エコーの結果を聞くまで、どこかドキドキしていました。何も映っていない、と聞いて、そこでようやく、本当に吹っ切れました。
つまり、私の場合は、「見つからなかった」と言われてから、気持ちが終わるまでに、1年かかったということです。
同じ経過の方が、読んでくださっていた
このブログを再開してから、同じように「精密検査では見つからなかった」という経過を書いてくださった方が、何人かいらっしゃいました。
何度も検査を受けて、それでも見つからない。よかった、と言われる。でも本人は、最初のエコーで見えたものが何だったのかを、ずっと考えている。
そのコメントを読んで、あの1年の宙ぶらりんは、自分だけのものではなかったのだと思いました。
経過観察の話は、大きくなった人、変わらなかった人、手術になった人のことが中心になります。「見つからなかった人」は、患者ではなくなるので、どこにも記録が残りません。でも、その人たちの不安は、指摘された日から翌年の検査まで、ちゃんとありました。
いま作っているものにも、「見当たらなかった」という経過を残す場所は、まだありません。集めたい記録のひとつです。順番に足していきます。
同じような経験をされた方がいたら、コメントで教えてください。返事は、私の言葉で書きます。
明日は、はじめてくださる方への約束を、ひとつの記事にまとめます。
準備は、ほとんど整いました。