このブログを再開してから、コメントをいくつかいただきました。

その中に、ご本人ではなく、ご家族の立場の方がいらっしゃいました。
高齢の親がIPMNと言われて、自分が調べている、という方です。

読んで、はっとしました。私は、この病気のことを「本人が調べるもの」だと思って書いていたからです。

調べているのは、本人ではないことが多い

IPMNは、60代、70代、それ以上の年齢で見つかることが多い病気だと言われています。健診のエコーで、たまたま。あるいは、別の病気の検査で、たまたま。

そして、指摘された本人は、「様子を見ましょう」と言われて帰ってきます。半年後にまた検査、と。

本人は、それ以上は調べないことが多いように思います。スマートフォンで長い記事を読む習慣がない方もいます。「先生が様子を見ると言ったのだから」と、受け止めている方もいます。

調べるのは、その子どもです。40代、50代の娘や息子が、親から聞いた「アイピーエムエヌ」という言葉を検索して、怖い記事に行き当たり、どうしたらいいのか分からなくなる。私のブログに来ていた検索の言葉にも、その気配がありました。

本人は、言わない

白状すると、私もそうでした。

指摘されたとき、妻には詳しく話しませんでした。心配をかけたくなかったのか、口にすると本当になりそうで嫌だったのか、いまでもよく分かりません。精密検査の超音波内視鏡(EUS)も、ひとりでバスに乗って病院に行きました。

検査の直前、鎮静の準備をしている最中に、看護師さんに聞かれました。「お迎えの方のお名前と、お電話番号を」。

鎮静を使う検査は、ひとりで帰ってはいけなかったのです。私はそれを知らずに、ひとりで来ていました。あわてて妻にLINEをして、迎えを頼みました。

本人は、こういうことをします。大丈夫だと言い、ひとりで行き、あとから家族に頼ることになる。

家族にしか、できないことがある

本人が言わないことを、家族は見ています。

検査の前の週に、口数が減ること。結果を聞いた日の帰り道の、ほっとした顔。「大きさは変わってないって」と、何度も同じことを言うこと。ひとりで行くと言い張っている検査が、実はひとりでは帰れない検査だということ。

そして、記録を続けることも、家族のほうが得意なことが多いと思います。前回は何ミリだったか、いつ検査だったか、先生は何と言ったか。本人は覚えていなくても、付き添った家族は覚えている。お薬手帳に書き込んでいたり、検査の結果の紙を取っておいたりしている。

いま作っているサイトは、その記録を、ご家族が本人の代わりに入れられるようにしました。ご本人の了解を得て、本人の年代や検査の内容を入れていただく形です。

実は、これは最初から考えていたことではなく、いただいたコメントを読んで、その日に足したものです。

いただいた声は、その日のうちに画面になります

同じ方から翌朝、もうひとつ提案をいただきました。「指摘されたとき、自覚症状はあったのか」「膵炎になったことがあるか」も聞いたほうがいい、と。

もっともだと思ったので、これも同じ日に足しました。どちらも、答えなくても使える任意の質問です。

いま作っている段階なので、こういうことができます。「これがあったら」と思ったことは、コメントで教えてください。全部は無理でも、できるものは、その日のうちに入れます。

「外れ値」ではありません

もうひとつ、ご家族の方から心配の声がありました。高齢の親のデータは、外れてしまうのではないか、と。

外れません。むしろ逆です。

ブログやSNSで発信している当事者の方は、40〜50代に偏っています。一方で、この病気が多いのは、もっと上の年代です。いちばん人数が多いはずの年代の記録が、いちばん少ない。 それが、いまのインターネットの状態です。

高齢のご家族の経過を記録してくださることは、同じ年代の親を持つ、別のご家族にとって、いちばん欲しかった情報になります。「80代で、混合型で、5年変わっていない人がいる」。それは、どんな一般論よりも、次の検査を待つ人の支えになるはずです。

家族の方への、お願いというより、お誘い

もし、あなたの親御さんがIPMNや膵嚢胞と言われていて、あなたが代わりに調べているのなら。

次の検査のとき、「何ミリでしたか」と、一緒に聞いてみてください。そして、その数字を、どこかに書いておいてください。お薬手帳でも、スマートフォンのメモでも。

10月のはじめに、それを入れられる場所をご案内します。ご本人の了解を得て、ご家族の手で。それが、この病気との付き合い方のひとつになれば、と思っています。