去年の今頃は入院していた。ちょうど3日目。まだ、8人部屋にいた。

移植手術を目の前にして、意外と落ち着いていたが、まだ現実感のない不思議な感じだった。隣の人が夜中しんどそうで、私も寝れなかった。

あれから、一年、早いものだ。

8月26日までめちゃくちゃ元気だったが、夏バテだろうか、飲み過ぎだろうか、仕事のしすぎだろうか、胃の調子が極端に悪くなって、ここ2週間絶不調だった。

今日やっと少し元気になって来たかな。

ともかく腎臓一個しかないので、気をつけよう。

移植して元気になったけど、腎不全で格闘してるひと、透析してる人、みんな仲間だと思っている。


先週の木曜日の朝、胃にさしこみがあった。

その日、多めにもらっていたタケブロンとアルロイドを飲んだら治まった。

で、一日、食前にアルロイドを飲んだ。

それはそれで2時間くらいで収まったが、その夜11時くらいから夜中の3時ごろまで胃が痛くてねれなくなった。

水曜日まで、連ちゃんで飲んでいたからだろうか?

いや、ここのところ朝薬を飲んで、車で会社に行く時に、時々吐き気がしていた。

きっと、そのの流れだな。

何れにしてもいい兆候じゃない、というわけでずっと禁煙して、サンドイッチとおかゆをメインにしているが、まだ不調。

そんな時に、今日が移植外来日。相談できるから良いのだけど、検査結果が心配。

しかし、結果は上々であった。

結局胃薬もらうのだけど、来月まで不調が続くようなら、胃カメラ、だそうだ。

急性腎炎になった時は、顔はすごくむくみ、尿は赤くそして濁っていた。高熱が下がり、だんだん意識がはっきりしても、その濁りはなかなか取れない。毎回しびんで母親が尿をとるたび、尿を明るい庭に向け、透かして濁りを確認するのだが、「まだ、濁ってるね。」「まだ、濁っている」…とつぶやくのだ。そのたびに、ぼくはただ悲しかった。母親を悲しませる自分が切なかった。早く濁りが取れないか、とそればかりを念じていた。

それがだんだん濁りが薄くなり、の尿の色が澄んでくると、母は「もう少し、もう少しだね」と言って嬉しそうになる。ぼくもそれを見て、回復を実感するのだった。


結局、小学校の3年生の時は、半年くらい?体育は見学していた。いろいろ思い出してみると、その後も毎年、よく扁桃腺を腫らして何度かたんぱくが出た。そのたびに普段から塩分を控えていた食事をさらに塩分を削った。ほとんどの場合すぐにたんぱく尿は風邪の回復とともに無くなった。

それで、それらは腎炎とは言われなかった。ただ風邪やインフルエンザになるたびに、徹底した防御態勢をとったのだ。

しかし、いつもしびんを確認するあの瞬間が嫌だった。

濁ってないだろうか? いや、澄んでいてくれ!と祈るような気分にいつもになるのだ。(それは、いまでも同じだ)

そして、風邪をひくたび体育は見学させられたのだ。


こうして僕は大きなコンプレックスを持ってしまうことになる。

かつては、やたら元気な子だった。幼稚園でも、低学年でもガキ大将だった。

それが運動能力を失ってしまうと同時に、まったく変わってしまったのだ。

おとなしい子になってしまった、というか、その様にしか存在し得なくなったのだ。


成績はすべてが5、ただし体育だけが2だった。

なぜ2をとれたというと相撲だけが強かった、からだ。

ともかく、かけっこがとんでもなく遅くなった。球技もダメだった。


だから運動会がいやでいやでたまらない。今だって、大嫌いなのだ。

あんなものは世の中からなくなってもらいたいと、そんな風に思っていた。