「よ……よろしくお願いします……。」
顔を見ていられず、頭を下げる。
「こ、こちらこそ……。」
懐かしい翔君の声……。
やばい。
頭がグルグルする。
苦しい。
顔も熱くなってくる。
翔君……。
「ちょ、ちょっといつまで頭下げてんの!」
潤が抱きかかえるように俺の上半身を起こす。
「今回はウチのエースデザイナーに頑張ってもらったんですよ。」
ごまかすように、潤が笑って俺を紹介する。
翔君は……顔引きつってんじゃん。
でもさすが、すぐに顔を切り替える。
「松本さんのお墨付きなら確かですね。楽しみにしてます。」
翔君はにっこり会釈して同僚の元へ戻って行く。
歩く後ろ姿に別れた時の翔君がオーバーラップする。
泣きそうなほど……カッコいい。
「ほら、頭下げ過ぎるから顔真っ赤。」
潤が俺の頬をプニプニしながら、席へと連れて行ってくれる。
「イケメンでしょ?櫻井さん。」
なぜか松本が自慢げで、ムッとする。
「…………。」
「取引先の中でもピカイチ。」
「へぇ~。」
そりゃそうだろ。
翔君は俺が出会った中でもピカイチだったよ。
素知らぬ顔を決め込んで、さほど広くない会議室を見渡す。
俺ら以外に2組の椅子が用意されている。
俺と翔君が知り合いだと気付かない潤は、さらに翔君の話を続ける。
「社内でも社外でもモテモテらしいよ?
あの見た目で頭もいいし切れるのに、当たりが柔らかいから。」
知ってる。
俺とは違って有名大学出なのに気取ってなくて。
そんな所に惹かれて……意を決してぶつかっていったのは俺。
それをあの柔らかさで受け止めてくれた翔君……。
「でも、いい人いないらしいんだよな。もったいない。」
「……いない…の?」
あれから一年も経ってるのに?
潤がちょっと変な顔をする。
「いないみたい。この間、良い人いたら紹介してくださいって言ってたから。」
本当に……いないんだ。
ホッとする自分に、心の中でパンチする。
別れたんだろ?
あのままでいられなかったのは自分じゃなかったのか!?
翔君だって!
「何一人で百面相してんの。」
また潤が頬をプニプニする。
「やめれ。」
「だったらそんな変な顔しないの。
大野さんのほっぺた柔らか~。」
潤がニコニコしながら頬を摘まむ。
ほっぺたとか言うな!
大人の男だろ!?
「これからプレゼンだろ?準備はいいのか。」
「大丈夫。準備万端!」
やっと手を離した潤が、テーブルの上にファイルを並べて前を向く。
釣られて俺も前を向くと……一瞬、翔君と目が合って、サッと逸らされた。
やっぱり……翔君からしても、昔の恋人に会うのは気が重い?
偶然入った居酒屋。
その店に、俺の連れの友達がいて。
その友達と一緒にいたのが翔君で。
俺の鞄に付けてたストラップに興味を示してくれて。
自分が作った物だったから嬉しくて、
ここが大変だったんだ、ここをこう工夫してって話してたら、
ニコニコ話を聞いてくれる翔君にドキッとして。
それがたぶん始まり。
男同士だってことに悩んで傷ついて。
それでも諦めきれなくて告白したのが3年前。
驚きながら受け入れてくれた翔君。
やっぱり男同士に戸惑いながらも……二人の関係も深まって。
キスから先に進んだのは……付き合い始めて半年が過ぎた頃?
ウブだよな。
お互い相手を大事にしすぎて先に進めなかったなんてさ。
それでも晴れて体も繋いで本当の恋人同士になって。
なのに……翔君が俺に触れなくなったのは別れる半年前。
それまでは……なんとか時間を見つけて会っては体を重ねてた。
俺は……それが嬉しかったし幸せだった。
それなのに、そんな時間を作らなくなった翔君。
もちろん……会ってはいた。
会っていても……そういう雰囲気になるとフッと雰囲気を変えられて……。
翔君は……俺の、男の体に……飽きたんだと思わざるを得なかった。
だから別れを切り出した。
あのままの関係を続けていくのは……俺には無理だったから。
最後の賭けだったのかもしれない。
翔君が、身も心も俺に戻ってくることに賭けて……。
みごとに玉砕しちゃったけど。
「そろそろ始めます。」
翔君がモニターの前に立つ。
潤が背筋を伸ばし、上着の襟を正す。
俺も、懐かしい翔君の……横顔に視線を合わせた。