少し話して、ショウ君がすぐにスマホを開く。
それを見ていたお姉さんも、それ以上は話しかけず、自分のスマホに視線を向ける。
ポケットの中のスマホが震える。
人込みに隠れてスマホを開くと、想像通りショウ君から。
『結構電車混んでるから気を付けて。サトシ、満員電車乗り慣れてないから心配。
酔っ払いの近く、綺麗なお姉さんの近くには行かないように!
あ、デレデレ鼻の下伸ばしたおっさんの近くも!』
おいらいったいどこに乗ればいいの?
周りを見まわすと、おっさんとお姉さんばっかり。
微かにお酒の匂いもする。
立ち飲みとかで、一杯ひっかけて帰るとこなんだろうな~。
中にはお兄さんもいるけど……。
お兄さんがチラチラおいらを見てる。
なんだろ?
顔になんかついてる?
打ち合わせ中、何も食べてないから大丈夫だと思うけど……。
頬を指先で撫で、何もついてないのを確認して、返信する。
『わかった。気を付ける。
でも、この時間の電車でショウ君の言う通りにしたら家に帰れないよ~(笑)』
すぐに返信が来る。
ショウ君、打つの早い!
『無理して乗らなくていいから。なんなら今から迎えに行こうか?
まだ戻れるよ?』
え、それはまずいっ!
あ、でも覗き見が長くなるからいいのか?
でも、待ち合わせしたら覗き見にならない?
家に帰るのが遅くなるし!
『いいよ、いいよ。大丈夫。家で待ってて。』
『何かあったらすぐに連絡するんだよ。
すぐ行くから。』
すぐって……。
クスクス笑ってスマホをしまう。
すぐになんか来れっこないのに、ショウ君は。
でも、本当に来そうだから怖い。
ショウ君、スーパーマンかウルトラマン?
そう言えば、昔から突然現れたりしてたもんね。
いるわけないのに、いたり。
本当にそうなのかも……?
極秘任務だから誰にも言っちゃいけないの。
もちろん、おいらにも!
さっきだって、泣いてた子供がすぐに笑顔になった!
スーパーマンにはあれくらいお手の物?
乗換駅になって、ショウ君が立ち上がる。
人込みに紛れて隠れるようにおいらも降りる。
大丈夫。
ショウ君はこっちを見なかった。
まっすぐ階段を下りるショウ君。
この先の乗り換えもわかってるから、柱の影で少し待つ。
階段だと何かの拍子に振り向いたらバレちゃうもんね。
ショウ君の背中が階段を下り切り、右に曲がる。
よし、おいらも。
柱から出ようとすると、制服を着た男の子が、おいらの前で立ち止まる。
もぞもぞしながら、リュックを抱き締めてる。
高校生かな?なんか可愛い。
でも、ショウ君が行っちゃう!
「あ、あの……。」
男の子をそのままにもできなくて、チラチラ階段の方を気にしながら様子を窺う。
「これ……。」
手にしていたのはおいらがイラストを描いた本。
この間、映画になったあの本。
あの時は、雑誌の取材とかで、おいらの写真も少し出したから、
高校生でも知ってる子は知ってる?
「す、好きです!」
え……。
思わずふにゃりと笑っちゃう。
いろいろ端折りすぎじゃない?
おいらのイラストが好きってことでしょ?
「ありがと。」
おいらの顔を見て、ホッとした男の子が、本と一緒にサインペンを差し出す。
おいら、サインなんてできないけど……。
でも、その気持ちが嬉しかったから、最後のページ、奥付けの上に名前を書く。
できるだけ丁寧に。
こういうのは、気持ちだよね。
「あ、ありがとうございます!」
おいらのサインを見て、男の子が嬉しそうに本を抱き締める。
うふふ、こういう気持ちわかる!
嬉しいんだよね。
好きな絵を描いてる人に会えたりすると。
おいらにも覚えがある。
大学時代、好きな絵を描く人がいて、おいらの大学の卒業生で。
先生に頼んで、学生時代に描いた絵とか見せてもらってて。
すごいなぁ。
おいらと同じ年でこんな絵が描けるんだ!
どうやったらこんな風に見えるようになるんだろ。
どうしたらこんなに感動できる絵が描けるんだろ。
そう思ってたら、学校の何周年かのイベントで来てくれて。
その時もらったサインは、大事にしまってある。
今でも一線で活躍するその人に、いつか一人前になって会えるかな。
最近で言うと、安彦先生に会えた時!
あれも感動したもんね。
小さい頃からずっと好きだったから。
「絵を描いてるの?」
おいらが聞くと、男の子がうなずく。
「勉強してるわけじゃないんですけど、好きで……。」
そういう気持ちが大切。
好きこそ物の上手なれ。
「おいらも好きだから描いてる。
同じだね。」
男の子の顔がポッと赤くなる。
んふふ、可愛い。
「好きの気持ちはとっても強いんだよ。
ずっと持ち続けていければ、それはきっと形になる。」
そう、好きの気持ちは強い。
何に対しても、誰に対しても!
「はい!……ありがとうございます。
なんか……目の前が開けた気がします!」
そんな大そうなことを言ったわけじゃないんだけど……。
男の子が大きくお辞儀して、走り出そうとして足を止める。
「大野さん……写真で見るより綺麗です。」
綺麗って!
びっくりしていると、男の子がさらに続ける。
「こんなに年下の僕から言われるの、嫌かもしれないけど……。
すっごく可愛いです。年上の包容力もあるのに、笑った顔が……。」
男の子が恥ずかしそうに頭を掻く。
「さらにファンになりました!」
乗り換え階段に向かって走って行く制服の背中を見て、なんか懐かしさを感じる。
いろんなものが新鮮なんだろうな。
だから、周りの友達とは違う、年上のおいらを見て、そんな風に感じちゃったんだろうね。
高校時代ってそうだよね。
何もかもが新鮮で、心も純粋に反応しちゃう!
そうだ、忘れちゃいけない、ショウ君!
少し時間取っちゃったけど、ショウ君、まだ電車乗ってないよね?