二宮はガードレールに座って、ボーっとピンクと紫が交互に光るネオンを眺めていた。
「トーマ……。」
視界が滲んで行く。
明け方だと言うのに、遠くから聞こえる男女の派手な笑い声が頭に響く。
大野の元から戻った二宮に、心配そうな顔を、笑顔に変えて両手を広げてくれたトーマ。
思わず駆け寄り、その腕の中に入って行った。
相変わらず、柔らかく抱き締めてくれるトーマの腕に、ホッと息をつく。
別れ話をするつもりだったのに。
だが、先にトーマから釘を刺された。
「カズがこのままいなくなっちゃうんじゃないかって、生きた心地がしなかった。」
ギュッと抱きしめる腕に力を込める。
「帰ってきてくれてありがとう。」
「トーマ……。」
トーマの温もりに、決心した気持ちが揺らぐ。
「これほど……カズの存在が大きくなってるなんて……自分でもびっくりしてる。」
トーマがはにかんだ笑みを浮かべる。
店では経営者として、人も客も動かすトーマ。
そのトーマの恥ずかしそうに頬を染める顔を見て、二宮の胸がギュッと締め付けられる。
「たかが一日帰ってこなかっただけなのに……。」
トーマはゆっくり二宮を離す。
「まさか、この歳で連絡入れようか悩むと思わなかった。」
「どうして?」
トーマはわざと強気な子供みたいな顔を作る。
「だって、大人同士なのに……今どこにいる?何してる?何時に帰って来る?
なんてメール……恥ずかしいじゃん。」
強気な子供が恥ずかしそうに俯く仕草が可愛くて、今度は二宮がトーマを抱き締める。
「恥ずかしくなんかないよ。したかったらすればいい。」
「……いいの?うざいでしょ?」
「トーマなら……うざくない。」
トーマも抱きしめ返す。
「カズ……カズだけだよ。こんな気持ちになるの……。」
こんな風に思ってくれるトーマと別れる……?
そんなこと自分にできる……?
二宮は腕の中の温もりを確かめるように力を込める。
「ごめん……連絡もしないで……。」
「いいよ。帰ってきてくれたから……。」
「トーマ……。」
見上げると、二宮を優しく包むトーマの笑顔。
「だから、決して一人でどこかに行ったりしないでね。」
ゆっくりと重なって行く唇。
この温もりを手放すことなんて、自分には……。
二宮の舌が、トーマの中で蠢く。
トーマの舌も二宮のを包むように絡めていく。
「俺を……一人にしないで……。」
ズクッと二宮の腹の奥が疼く。
強いトーマが弱気な所を見せられるのは自分しかいない……。
「しないよ……。一人になんて……させない。」
二宮はトーマを押し倒すように、ベッドにもつれ込む。
「だから、私のことも……一人にしないで。」
「カズ……。」
トーマの手が二宮のシャツのボタンにかかる。
「ありがとう。」
そう言って、嬉しそうに笑うトーマを思い出し、二宮の涙が頬を伝う。
一人にしないと約束したのに……。
まただ。
また起こった……。
また……。
二宮は涙で滲むネオンの向こうに、先ほどの光景を思い出す。
目の前にあったのは男女の死体。
重なるように倒れた二人の体は、もう二度と動くことがない。
転がった手帳に挟んであった写真が、フラッシュバックのように浮かび上がる。
目の前の男女と、七五三なのか、小さな女の子が着物を着ている写真。
仲の良さそうな家族写真。
二宮はそれを忘れようと、両手で顔を覆う。
そのまま髪を撫で上げ、顔を突っ張らせる。
もう、自分ではどうすることもできない。
トーマの元にも戻れない。
夢遊病の殺人鬼?
二重人格のもう一人が人殺しをしたがってる?
金も保険証もないから病院にも行けない。
このままズルズルと知らない内に人を殺し続けんだ。
自分で自分が恐ろしくなり、叫び出しそうになる。
いっそ、始発電車に飛び込むか?
それがいい、そうすればこれ以上人を殺さなくて済む。
立ち上がり、駅の方へ向かおうとする二宮の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
「だから、さっきから言ってんだろ?……話を聞けって!」
こんな時間にもめ事?
でも、どこかで聞いたことのある声……。
聞こえて来る声に顔をキョロキョロさせる。
すると、一区画向こうの角で何やら円になっているスーツ姿の男達。
その真ん中にいるのは……先日会った、大野?
「だから、違う……うっ。」
大野の腹に蹴りが入る。
それを合図に男達が背から腹から大野を蹴って行く。
体をくの字に曲げ、大野が倒れ込んでも続く。
「あ……。」
思わず、声が出た二宮は両手で自分の口を塞ぐ。
この距離で、二宮の声が聞こえるとは思えない。
案の定、二宮に気付く者はおらず、大野は蹴られ続ける。
大野がビクとも動かなくなると、
一人の男が何か言い、ペッと唾を吐きかける。
男達は顔を見合わせ、大野を置いてどこかに消えて行く。
二宮は男達がいなくなったのを確認し、大野に走り寄った。