二宮は小鳥のさえずりで目を覚ました。
安ホテルの防音設備はないに等しい。
スマホを開くと、9時を少し回ったところだ。
辺りを見回し、足が片方痺れていることに気付く。
そっと足を動かし、痺れが取れるのを待つ。
ここは……。
昨日のことを思い出そうとすると、とたんに靄がかかる。
また、あったんだ……死体。
思い出せるのはそれと、大野と会ってからのことだけだ。
ベッドに目を向けると、大野はまだ寝息を立てている。
トーマがいなくても眠れることに、どこか驚いている自分がいる。
トーマの温もりが全てを忘れさせてくれるわけじゃなかった。
そのことに、寂しさとわずかな安堵を感じている。
トーマがいなくても生きていける。
例え、このまま、何が起こっているのかわからなくても。
生きていけないような気がするのは自分の弱さだ。
けれど、このまま去るわけにはいかない。
きちんとトーマと別れて、トーマに自分を忘れさせないと。
足を伸ばしてみる。
痺れは8割がた取れて来た。
ウ~ンと伸びをするように体を大きく動かす。
ベッドで寝ていた大野の目がパチッと開く。
「あ、起こしちゃった?」
大野が、大きな口を開け、欠伸をする。
「ふぁいひょーぶ……。」
欠伸をしながら返事する大野の目尻から涙が零れる。
「まだ眠そう。いいよ、寝てて。帰るから。」
「なんだ、帰る家があんのか。てっきり行くとこないのかと思ってた!」
大野が目尻を拭いながら笑う。
「……恋人が、待ってる。」
小さな声でそう言う二宮に、大野の笑顔がさらに大きくなる。
「なら、大丈夫だな。恋人に心配かけるなよ。」
二宮はうなずき、立ち上がると毛布を畳む。
「相手は、どんなやつ?」
「どんな……。こういう時、なんて言ったらいいの?」
「知るかそんなの!」
大野が大声で笑う。
「イケメンだとか優しいだとか、あんだろ、なんか。」
毛布を小さく畳みながら、二宮は斜め上に視線を向ける。
「イケメン……だね。モテるよ、すっごく。」
周りにたくさんいるトーマのファン、取り巻き。
その中から、なぜか自分を選んでくれた。
それが嬉しくて、ちょっとした優越感もあって……。
「モテるのか。それじゃ大変だな。」
「そうでもないよ。大事に……してくれるから。」
大事にしてくれてる。
取り巻きたちとは一線を画してくれる。
自分だけ特別にしてくれているのは、二宮にもわかっていた。
だからこそ、ちゃんと別れないと……。
こんなに好きだけど……好きだから……。
「優しいし、私だけを見てくれる……。」
大野が、ハッと天を仰ぐ。
「ごちそうさん!」
そんな大野を見て二宮も笑う。
「あはは、あんたも結構いい男だよ。」
「持ち上げても、昨日の飯だけでなんにも出ねぇぞ?」
大野は両手を広げてアピールする。
「なんだ、もっと何か出るかと思った!」
畳み終えた毛布を椅子に乗せ、二宮がドアに向かう。
「昨日はありがとう。今度どこかで会えたら、私が朝メシご馳走するよ。」
今度などないことは、お互いわかっている。
「おお、そうしてくれ。じゃあな。」
「じゃ。」
二宮はゆっくりドアを出て行く。
大野はその後ろ姿を見送りながら、顎の無精ひげを撫でる。
「ちっ、伸びて来たな。色男が台無しだ。」
尻を掻きながら立ち上がる。
カーテンの隙間からわずかに太陽の明りが差し込んでいる。
その明りを踏むように大野は洗面所へ向かう。
短いけど、sceneごとに割り振りたいので、ここで。
次も短めかも~。