「ノア、ちゃんと帽子かぶって。」
ブランがノアの頭に帽子を乗せ、後ろをキュッと引っ張る。
「変身するのに?」
帽子のつばを摘まんで面白くなさそうな顔をする。
「いつ変身が解けちゃうかわからないでしょ?
その時目の前にいるのが、姿を見せていい相手かどうかわかんないからね。」
ブランも帽子をキュッとかぶる。
ノアには黒、ブランには白のお揃いの帽子は、つばが広くて先の尖ったお出かけ用。
ブランはさらにノアの首に赤いリボンを結ぶ。
器用そうに見えて、不器用なブランの結んだリボンは曲がっていて、
それを見てノアがニコッと笑う。
「ブランのリボン、貸して。」
今度はブランのリボンをノアが結ぶ。
綺麗に整え、少し離れてブランを見る。
「うん、綺麗。青いリボンが似合う。」
ノアが満足気にブランのリボンを左右に引っ張る。
「ノア、器用だよね。僕はどうしても曲がっちゃう。」
ブランがノアのリボンを気にする。
「大丈夫。ブランが結んでくれたリボンだもん。」
少し斜めになったリボンを、誇らし気に見せるノアをブランが抱き締める。
「今回は……長くなるよ。」
「わかってくれないなら、帰る気はないよ。」
一度腹を決めたら、揺るがないノアに、ブランは頼もしさを感じる。
穏やかそうで、ブランよりもずっと頑固。
腹を決めることなんてめったになかったけど。
「何に変身する?」
「人間じゃない方がよくない?」
「そうだね。人間だと、いろいろめんどくさそうだもんね。」
二人は人間界で見た人間たちを思い出す。
ぎゅうぎゅうに箱に詰められるのも、キューピットに矢を射られるのもごめんだ。
「じゃ、鳥にする?」
「鳥?」
「カラスとか?」
「白いカラスがいたら目立たない?」
ブランは全身が黒いものに変身するのが苦手だ。
同じように、ノアは白いものに変身できない。
「じゃ、その辺にいる動物で白黒いてもおかしくないもの……。」
二人は、ん~と考え、同時に叫ぶ。
「犬!」
「猫!」
犬と叫んだブランが渋い顔をする。
「え~、猫~?」
「犬は人間に飼われてたよ。猫は屋根の上にもいたけど、犬は一人でいなかった!」
ブランはまた、ん~と考え、しぶしぶうなずく。
「わかった。じゃ、猫にしよ?」
にっこり笑うノアに、ブランも笑い返す。
二人は指を顔の前で立てる。
「待って!スプレーしてから!」
ブランがスプレーをノアにかける。
「これ、利いてるのかなぁ?帝王様にもバレてたし。」
「でも、他の悪魔や天使にはバレてなかったよ?」
「そうだったけど……。」
ブランからスプレーを受け取り、今度はノアがかけてあげる。
「じゃ、行くよ?」
スプレーを棚に戻し、二人が指を立てる。
白い煙と黒い煙が立ち上り……二人の姿が猫に変わる。
しなやかな体に、長い尻尾の黒い子猫。
長く綺麗な毛に、青い瞳が優美な白い子猫。
「似合う!ノア!」
「ブランもぴったり!」
満足そうにお互いを見、用意していたキャンディの包みを、前足で広げる。
「わかってる?あの海の近くの喫茶店だよ?」
「わかってるよ。」
「これ舐めたら、あっという間に飛んじゃうかもしれないからね?」
「わかってる。心配症だよ、ブランは。」
「だって、人間界ではぐれても、魔法は使えないんだよ?」
使えばあっという間に帝王様にバレてしまう。
それでは家出が台無しだ。
「じゃ、行くよ?あの喫茶店を思い出して……。」
ブランとノアは、同時にキャンディを口に入れる。
猫の口には大きすぎるキャンディ。
それをバリッと噛むと……。
二人の体が音もなく消える。
残った包み紙が、カサッと風に吹かれて転がった。