「え?ほんとに?」
「凪様、人間界に行きたいの?」
ブランとノアが聞き返す。
凪はにっこり笑って、少し背を屈める。
「はい。人間になってみようかと思っております。」
二人は前のめりになって、質問を繰り広げる。
「人間になってどうするの?」
「人間の命は短いんだよ?」
「毎日、ちっさな箱にぎゅうぎゅうだよ?」
「長~いチュ~とかするんだよ?」
帝王様の眉がピクッと動く。
「何を見てるんだ!」
それを智が、まぁまぁと押さえる。
「はい。存じておりますよ。」
凪は静かに答える。
「それでも人間になりたいの?」
「それでもやりたいことがあるの?」
二人は同じ角度に首を傾げる。
「はい。人間になって……やりたいことがあるのでございますよ。」
「なになに?」
「ねぇ、なに?」
凪は二人を交互に見、にっこり笑う。
「それは……秘密でございます。」
「え~、ずるい!」
「教えてくれてもいいじゃん!」
「こんな年寄りの余生、知る必要などございません。」
ノアが凪の袖を掴む。
ブランがもう片側の腕を掴む。
「凪様のケチ。」
「教えてくれたっていいじゃん!」
ノアとブランが、イヤイヤと掴んだ袖と腕を揺する。
それを見ていた智が、二人を宥める。
「こらこら、無理やり聞くことじゃないよ。
凪様の人生は凪様のもの。二人が寂しいのはわかるけど、これ以上はダメ。」
二人の腕を掴み、凪から離す。
「一番我が儘言いたいショウ君が我慢してるんだよ?
黙って見守らないと。」
仏頂面の帝王様が、ふんっと鼻を鳴らす。
「二人はこれから、たくさんの悪魔や天使を見て行かなきゃいけないんだからね。
一人一人の人生に口を出すことはできないよ。」
智に諭され、シュンとした二人が顔を見合わせる。
「……わかってるよ。」
「……わかってるけどさ……。」
そこで、おもむろに帝王様が口を開く。
「本気なのか?」
帝王様は腕を組み、真っ直ぐに凪を見つめる。
「はい。」
凪は僅かに頭を下げる。
「……わかった。好きなようにしろ。」
「「帝王様!」」
「ショウ君!」
ブランとノアが声を添え、智が声を上げる。
「この話はこれで終りだ。時期については後で俺様と凪で決める。
異論はないな?」
ブランとノアが小さくうなずく。
「でも……早めに公表しておかないと、いろいろ影響が出ちゃうよ?」
「わかっている……。この後、凪と共にミカエルの所に行って来る。」
帝王様がチラッと凪を見ると、凪がサッと裾を引いて会釈する。
「そうだね。早い方がいいもんね。」
「うむ……。」
帝王様は組んだままの腕を握り締める。
「凪がいなくなると……いろいろとやっかいだぞ?」
「でも、それをなんとかしちゃうのがショウ君だから。」
智が帝王様に体を寄り添わせる。
「おいらも手伝うよ。」
「智……。」
帝王様を見つめる青い瞳に、吸い込まれるように帝王様の顔が近づいて行く。
「ショウ君……。」
智の手も帝王様の頬を撫でる。
帝王様の顔がさらに近づき、頬にある智の手を握り締める。
「ミカエル様のところに行ったら……ヴィーを連れて帰って来て?
置いてきちゃったから。」
智がにっこり笑うと、凪がプッと小さく吹き出す。
「これなら、私がいなくとも、地獄は安泰でございます。
智様、くれぐれも帝王様……ショウ様をよろしくお願いいたします。」
凪が深々と頭を下げた。