おいらが夕飯の準備をしていると、ショウ君が帰って来た。
「ただいま~。」
「お帰り~。」
キッチンから返事する。
「どうだった?」
「動物病院はダメだった。探してる迷子猫はいたんだけど、マンチカンだった。」
ショウ君は残ったチラシをパサリとテーブルに置く。
「ノアは?」
「まだソファーで寝てない?」
おいらは、味噌汁に味噌を溶かしながら、開いたままのリビングのドアを見る。
ショウ君はそれでわかって、そっとリビングに入って行く。
寝ているノアに安心したのか、すぐ戻って来ておいらを後ろから抱きしめる。
「ノアに見られてるとしづらいから……。」
そう言って、後ろからキスしてくる。
「味噌が……。」
ショウ君の手が、お玉を持ったおいらの手を押さえる。
押さえたままショウ君の舌がおいらの唇を割って入って来る。
「んっ……。」
半分向き直ったおいらの体を、ショウ君の指が優しく滑る。
「あ……んふ……。」
菜箸を持つ手をなんとか鍋の上から離さないようにして、ショウ君の舌に応じる。
絡まる舌が、クチュッと音をさせると、チリンと鈴の音が響いた。
おいら達はすかさず唇を離し、顔を見合わせる。
ショウ君がリビングのドアの所に行くと、
その横をすり抜けてノアがおいらの足元にやってくる。
「ノア……。」
ノアがおいらの足に体を擦りつける。
「抱っこして欲しいの?ちょっと待っててね。」
おいらは急いで残りの味噌を溶かし、
まな板の上にお玉と菜箸を置いて、ノアを抱きあげる。
「お料理してる時のキッチンには入っちゃダメだよ。危ないからね。」
頬を寄せてそう言うと、ノアが小さく鳴いた。
ノアはおいらの言葉がわかってる。
だって小さいショウ君だもん。
おいらはノアをショウ君に預けて、料理を続ける。
一瞬嫌がったけど、ノアは小さいから、嫌がっても無駄。
「そうかそうか。そんなにサトシがいいの?
でも、サトシは料理中だからね~。ちょっとだけ俺と待ってようね。」
ショウ君は子供をあやすようにそう言って、ノアの頭を撫でる。
大きなショウ君の手が、ノアをすっぽり包む。
ノアも大人しく、ショウ君を見上げてる。
「ノアは美人さんだね~。こんな大きなおめめの猫いる?
ピンと立った耳も理知的で、毛なんて艶々しちゃって!」
ショウ君、それじゃ親ばかだよ。
飼い主が見つかっても、手放せないのはショウ君の方じゃない?
「ねぇ?マサキのとこのサトシも美人だけど、ノアも相当可愛いよね?」
ショウ君が、おいらに聞こえるように声を張り上げる。
「そうだね。マー君とこのサトシ君はイケメンだけど、ノアは可愛いって感じかな。」
「そうそう。タイプが違う。でも、黒猫って可愛いのが多いんだな。」
たまたまだと思うけど……。
でも、黒はミステリアスな色だから、それだけで効果はあるのかも?
一口に黒って言っても実はいろんな色がある。
真っ黒に見えても、緑っぽかったり、青っぽかったり。
光沢あるとわかるかな?
ノアはちょっと紫っぽい感じ?
マー君とこのサトシ君は青っぽい。
もちろん真っ黒なんだけど、光の加減でそう見える。
カラスの濡れ羽色ってことだね。
おいらはブリをひっくり返して醤油タレを塗る。
今日はブリの照り焼き。
甘じょっぱい匂いがキッチンに広がる。
ノアも気付いてるよね?猫は鼻がいいもん。
「ショウく~ん!ご飯!ノアにも出して~。」
「おぅ!」
さ、夕飯食べながら、夢の続きの話をしないと……。
「なるほどね。家出か……。」
お腹いっぱいになったショウ君が、ソファーでノアの背中を撫でる。
今日はノアがいるから、リビングで食事。
こっちの方がノアが寝やすいからね。
「そうみたい。」
ショウ君のグラスにビールを注いで、自分のグラスにも注ぐ。
「だからね、ブランを探してあげて、その後は……。」
おいらがショウ君を見ると、ショウ君が優しい顔で笑う。
「いいよ。サトシの思うようにして。」
「ショウ君……。」
ショウ君は言わなくてもわかってくれる。
おいらは嬉しくなって、思わず笑顔が浮かぶ。
ノア達が、ちゃんと家に帰りたいと思わないといけない。
ママンとパパが本当の親なのか、飼い主さんなのかわからないけど、
きっと心配してるから……。
「とりあえず、飼い主は探さないとね?」
ショウ君がビールのグラスに手を伸ばしながら、おいらを見つめる。
「うん。」
おいらも笑ってビールを飲む。
「早く見つかるといいね。……あ、マー君から電話あったよ。」
「マサキ?」
「うん。なんでも屋さんにも聞いてみるって。」
「なんでも屋?」
「前にサトシ君がいなくなった時、お世話になったんだって。
猫探しとかもするみたいだから。後、飼い主仲間にも聞いてくれるって。」
「遠すぎるだろ?マサキのとこじゃ。」
「でも、飼い主同士の情報網もあるからって言ってた。
サトシ君がいるから……黒猫愛好会みたいの、あるかもよ?」
「なんか闇のシンジケートとかにありそうだよな?黒猫会。」
ショウ君がノアのお腹を撫でながら、グビッとビールを飲む。
「どっちかって言うと……なんて言ったっけ?魔法使いっぽいの。」
「黒魔術?」
「そうそう、そんなの。」
「そっちの方が怖いな。シンジケートの方がまだまし……。」
鈴がチリンと鳴って、ノアが頭を持ち上げる。
「なんだ、起きたの~?」
ノアの頭を撫でるショウ君。
声が甘くて優しい。
もうすでにデレデレだね。
マー君とこのサトシ君の時も思ったけど……ショウ君、意外と猫好き?
虎次郎も……いける?
いや、虎次郎は可愛いタイプじゃないから……やっぱりダメ?
「ね、サトシ。」
「ん~?」
おいらは最後のビールを飲んでショウ君を見る。
「そろそろ……。」
ショウ君の顔が夜モードになってる。
「ん。」
おいらもその顔を見て夜モードへ……。
チリンと音がして、ノアが立ち上がる。
「ノア……どうする?」
おいらがショウ君を見上げると、ショウ君が困ったように眉毛を下げた。